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総格39大吉、家運34大凶の女、店を出す
「お願いしまーす」
私が笑顔で差し出すその小さな紙に、多くの人は特に反応を示すことなくただ通り過ぎてゆく。
幾人かの手に取ってくれた人達も、後は鞄かゴミ箱の中にグシャリと押し込むのが関の山だろう。
それでも私の心の中は晴れやかだった。
「明日、午前11時、理想の出会いを今すぐあなたに! 『カピー結婚相談所』、あなたの未来を占います! 『占い屋カピー』同時オープンでーす。よろしくお願いしまーす」
額を伝う滴を、乾いた風が吹き飛ばしていく。
いよいよ明日だ。
自分でも驚くぐらいに気負いや緊張は感じない。
それは、もう失うものなど何もないからなのかもしれないけれど……。
見上げると、四角く切り取られたような空は、吸い込まれそうなほどに高く輝いていた。
根澄町駅前目抜き通りの外れにあるテナントビル『rarat』
占い用品店やダンス用ドレスショップ、ボードゲームカフェ等、少しマニアックなテナントが揃う『rarat』の最上階にあるのは、飲食店と『占いの街』
その間にある小さなスペースが私の店だ。
そこにあった洋服のお直し・リフォームの店が閉店し、その跡地を運良く借りることができたのだ。
仕事帰りだとか休日に時々訪れていた『rarat』
様々な占いの店が軒を連ねる占いブースは何度も利用したことがある。
そんな馴染みのあるビルも、従業員用エレベーターを使うと何だか特別感がある。バックヤードからフロアに出る瞬間、ワープしてきたような不思議な感覚になるのだ。
さあ、この先に私の店がある……。
従業員用扉を内側から開けようと手をかけた瞬間……。
「ひゃあ!」
金属製の扉は思っていたよりも軽く……、そう、それは何者かによって向こう側に強く引かれ、私の体は勢いよく倒れ込んだ。
「失礼」
低く柔らかな声が頭上から落ちてきたと思うと、私の体をがしりとした腕が受け止める。
「す、すみません!」
慌てて顔を上げると、こちらに向けられていたのは黒水晶を思わせる神秘的に輝く二つの瞳。
そしてそれを縁取るのは少しつり気味の涼やかな奥二重。
通った鼻筋のその直ぐ下には薄紅色の小振りな唇が艶を放っている。
思わず私が見惚れていると、形の良い唇がゆっくりと開かれた。
「……もしかして、今度オープンする占いのお店の方ですか?」
「は、はいそうです」
私は慌てて乱れた前髪を直す。
「私、隣のレストラン街で洋食店をやっています山田橙希と申します。新しい占いのお店ができると聞いて楽しみにしてるんですよ」
山田さんは切れ長の目を細めるとニコリと微笑んでみせた。
「『占い屋カピー』の店長、田所優香と申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ。それでは後ほどお伺いしますね」
山田さんは穏やかな笑顔を残したまま、バックヤードの奥に消えてゆく。
うわー、こんなイケメンと同じフロアなんて幸先良いかもしれない。
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