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外格10大凶、家運28凶の意味するものは
ああ、緊張する……。
一分の隙もない芸術品のように美しい顔を前に、私は懸命に息を整える。
カウンターの上には水晶玉と、山田さんの姓名判断鑑定結果。
「……総格は31画大大吉でとても良いですね。職運も24画で大大吉です。誠実なお人柄が功を奏し、『ダイニングヤマダ』は益々繁盛するでしょう」
でも……、家運が28画凶、外画が10画大凶なのだ。
山田さんからは「店の将来を占って欲しい」と言われている。
プライベートな部分が大きい家運凶も伝えるべきだろうか……。
私は山田さんの左手に視線を移す。
その薬指には指輪は見当たらない。
でも、山田さんは料理人だ。職場では、指輪は外しているだろうし……。
山田さんは36歳。奥さんがいて子供がいてもおかしくない年齢だ。
だけど、浮世離れしたような整った顔立ちのせいだろうか、生活臭さは全く感じない。
だからと言って遊んでいる感じでもない。
伝わってくるのは料理に向き合う真っ直ぐな姿勢。
毎日、朝早く来てデミグラスソースの仕込みを一人で行っているらしい。
だからこそ……。
「ただ、外的要因の外画が10画と大凶なんです。山田さん自身はとても真面目ですね。ただ、そこにつけ込まれて、自分とは関係ないトラブルに巻き込まれることもあるので、注意してください」
私は山田さんがコクリと頷いたのを確認してから続ける。
「……そして、家運も28画と凶なのです。プライベートが安定しないと、仕事にも影響してくるので、こちらも注意が必要かもしれません」
気のせいだろうか、黒水晶を思わせる山田さんの神秘的な瞳が、一瞬だけ曇ったように見えた。
「……で、では、水晶でも占ってみますね」
私はカウンターの上に置かれている水晶玉に視線を向ける。
「よろしくお願いします」
ゆっくりと水晶玉に手をかざす。
間違ってもそのツルリとした表面には触れないようにしなくちゃ。
せっかく山田さんと二人きりなのだ。カピパラ様に邪魔されたくなんかない。
その透明の球体の中に見えてくるのは……。
逆さになった家運28画凶の数字と……、あとは山田さんの左手……。
その白く長い指には指輪ははめられてなくて……。
いやいやいや、これは私の邪念でしょう……。
私はふーっと大きく息を吐いて、もう一度集中し直してから、キラリと輝く球体に向かう。
フロアの灯りを優しく返すその球面を凝視するのでもなく、ぼうっと見つめるでもない、フラットな感覚。
段々とその小さな水晶の中に、モヤモヤしたものが視えてきた。
えっ? 表面を擦っていないのに……。
いや、違うな、カピパラ様は茶色だ。
今、目の前に視えるのは黒。
黒い靄のようなもので……。
何だか、胸の奥の方がザワザワと音を立てる。
けれど、それは何かこれと言った形になることもなく、暫くすると消えてしまった……。
水晶玉から視線を上げる。
何だろう……。
これはどう読み取るべきなのか……。
私は逡巡しながら、その整った顔をゆっくりと見つめた。
〈第一話 完〉
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