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この水晶玉を手に入れた時は、まだアイツが浮気しているなんて全然知らなかったんだよな……。
私はキラリと輝くその球体を前に、大きなため息をついた。
夫の急な休日出勤。
ぽっかりと空いてしまった時間を持て余していた私は、近くの広場で開催されているフリーマーケットに足を向けた。
欲しい物なんて別になかったけれど、なんとなく。
レジャーシート上に並べられた他人の不用品達を、ただ眺めながらのんびりと歩く。
「わーあれ、引き出物で貰ういらないヤツだ」とか「あんなヨレヨレのシャツ買う人いる訳ないじゃん」とか、頭の中で人の出品物にツッコミを入れながら。
そして賑やかなマーケットの外れまでやってきた時、古いゴザの向こう側に座るお爺さんと目があった。
元は藍色であったであろう色褪せた作務衣を身に纏い、頭を覆う軽くウェーブのある頭髪も、たっぷりと蓄えられた顎ヒゲも真っ白で、まるで仙人のよう。
そしてその人が広げている商品も、本人以上に胡散臭かった。
謎の仏像やヒビの入った大皿、使用感のある一本下駄にシミだらけの風呂敷。
それらが使い古されたゴザの上に所狭しと並べられている。
私は慌ててお爺さんから視線を逸らす。
そして、元来た道を戻ろうと、体の向きを変えたその時だった。
太陽の眩しい光をキラリと返す小さな輝きが、私の視界を掠めた。
それはほんの僅かな光だったけれど、どこか抗い難い不思議な力をもっているように思えた。
フラフラと吸い寄せられ、気がつくと私はガラクタ達の前にしゃがみ込んでいた。
粗大ゴミとしか思えない物の真ん中に鎮座しているのは、直径6㎝ほどの水晶玉だった。
いや、こんなところに売られているのだから、水晶玉のような物だろう。
「お姉さん、それは掘り出し物じゃよ。天然の水晶じゃ。手に取ってみてごらん」
「えっ、良いんですか?」
お爺さんの言葉に、そっと手を伸ばすと、ツルリとしたそれを台座から静かに持ち上げる。
手に取ると、日中の明るい日差しの中に置かれていたとは思えないような、冷んやりとした感触が伝わってくる。
目の前にかざしてみると、その球体の中には歪んだ仙人のお爺さんが逆さになって見えた。
角度を変えて覗いてみても、不純物を一切含まない、無色透明の綺麗な球体に見える。
こんな状態の良い天然水晶玉がフリマに出回る訳はないから、多分人工水晶……、いや、ただのガラス玉なんだろう。
それを元に戻そうとした瞬間、ふと何かが見えたような気がして、私は手を止めた。
何だろう……。
茶色いモヤモヤとしたものが水晶の中にあるような気がしたのだ。
もう一度覗き込むと、その球体の中に、さっきまでは見えなかった茶色い影のようなものが、僅かに確認できる。
汚れだろうか……。
指の腹で静かに擦ると、その影のようなものは、更にその姿をはっきりさせていく。
モヤというよりも、茶色い毛というか繊維状のものに覆われた楕円形の物体……。
一番近いものは……。
タワシ、かな……。
でも、何でタワシ?
いや、タワシとはちょっと違うような……。
「お姉さん、あんた視えるようだから譲ってやるよ」
お爺さんの声に、ビクリとして現実に戻される。
気がつくと、水晶の中のタワシのようなものはすっかり姿を消してしまっていた。
「特別に2000円で良いよ」
「えっ、良いんですか?」
台座に付けられた付箋には、読み難い文字でもう一つ0の多い数字が書かれている。
「物にも適材適所じゃ。視えんヤツに買われるよりも、アンタのような者に使われる方が水晶も喜ぶじゃろう」
お爺さんはそう言ってニタリと笑った。
その頃にはもう、私の中では「偽物かも」という思いはなくなっていた。
たとえただのガラス玉だったとしても、タワシが視えたのは事実なのだ。
視えない天然水晶よりも、視えるガラス玉だ。
後から思うと、それはその後、私の人生に怒涛の如く降りかかる出来事についての暗示だったのじゃないかと思う。
でも何故、タワシなのか……。
夫の浮気と離婚。
そして同じ会社に居づらくなって退職。
それと茶色いタワシとの関係は……。
そこを読み解けないのが、占い師としてまだ未熟、ということなのだろう……。
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