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突如目前に現れたそれに、私は椅子から転げ落ちそうになった。
え、え、何これ……。
私が召喚しちゃったってこと?
目の前にいるのはどう見たって……。
「カピバラ!」
私が思わずそう呟くと、そいつは小さな顔をくいっとあげて、何だか偉そうな顔してみせる。
「カピバラじゃない、カピパラじゃ!」
「しゃ、喋った!」
「当たり前じゃ、我は『カピパラ様』なるぞ」
ヌボーとした脱力系の長い顔に、まばらに生えた茶色い毛。
でっぷりとした胴体に対して短い手足。
どう見てもカピバラだ。
でも、カピバラにしては随分と小さい。
10㎝ちょっとしかない。
あ、もしかして……。
「ヌートリア?」(*)
「カピパラじゃと言ってるじゃろうが! ほら、見てみろ、尻尾がないじゃろうが!」
そう言って茶色い生き物は後ろを向いてみせる。
確かにボサボサの毛が生えた尻の先には尻尾は見当たらない。
「そこはカピバラに忠実なんだ。……つまり……カピバラのパクリ?」
「何じゃと! カピパラ様に向かって何てことを言うんじゃ!」
カピパラ様は小さな手足をジタバタと踏み鳴らしてみせる。
「で、結局カピパラ様って何なの?」
「カミじゃ」
「カピ?」
「神じゃと言ってるじゃろうが!」
「神って何の神様なの?」
「……何って神は神じゃ」
心なしか小さな黒い目が泳いでいるように見える。
「あ、じゃあ、式神とか?」
もしかして、私って本当は凄い力を持ってたのかも……。
カピパラ様を使って立ちはだかる悪をバッタバッタと投げ飛ばす自分を想像して、私はほくそ笑む。
元夫のような、クソ男を成敗するのが私の定めなのだ。
どうだ参ったか!
ワハハハハ!
「シキガミって何じゃ?」
けれど、現実の神は私のことを黒くて丸い瞳で見上げてくるだけだ。
こちらに真っ直ぐ向けられているその黒は、一点の濁りもないピュアな輝きを放っていて、疑うということを知らない純な色をしている……。
言い換えてみれば……、何も考えていない目だ。
「じゃ、じゃあ……、何か力を授けてくれるとか、お告げとか……」
私の言葉に、茶色い生き物は大きなため息をついてみせる。
「はあー。これだから、欲の深い人間は……」
カピパラ様は小さな頭を左右に振る。
いつまでも「はあー」とか言っているその生き物に、私は疑いの眼差しを向けた。
「もしかして……」
そいつは明後日の方向を向いてみせる。
「特に何もできないとか……」
「だから人間なんていう低俗な生き物は嫌なんじゃよ……。直ぐ見返りを求めたがる」
* ヌートリア——ネズミ目ヌートリア科ヌートリア属。南アメリカ原産の外来種。カピバラに似ているが、体長は半分ほどで、オレンジ色の前歯と長い尻尾が特徴。
カピバラより小柄とは言え、頭からお尻まで40〜60㎝ぐらいあると言われているので、カピパラ様よりもずっと大きいですね。
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