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「あ…」
「どうした? こんな時間にこんな所で蹲って…。──いや。見たんだな…」
濡れた頬を見られたらしい。
月光に浮かび上がるシーンの顔色はさらに蒼白く目に映った。
苦笑を浮かべ俯く。右手で顔を覆ったシーンは、一瞬泣いているかと思った。
「…そうだろう?」
「…ん。でも、背中しか見えなかった。何してたかは──見えなかった」
嘘だった。全部、しっかり見えていた。
けれど、シーンを思って言うのは避けた。見られなくはなかっただろう。
「俺、行くね。シャワー浴びないと、ずっと厩にいたから匂いがついて──」
この場から逃げ出したかった。ハイトはその場へすっくと立ちあがったが、急に立ち上がったせいで貧血を起こしかける。
「っ!」
くらりと視界が揺れて、慌てて壁に手を付こうとしたが、その身体を突然強い力に引かれた。シーンが抱きとめたのだ。
「あ、ありがとう、シーン。もう大丈夫だから離して」
「嫌だ…」
「俺、ずっと厩にいたから汚れてるし臭いって──」
「関係ない」
「…シーン」
どうしてシーンは自分を抱きしめるのか。
「私を、軽蔑するか?」
「そ、んな…」
「見えていたはずだ。私はヴァイス様と…キスをしていた。見えていたんだろう?」
「…うん。でも、軽蔑なんて…しない」
「どうして?」
「だって…、シーン、こんなに震えている…。好いた相手とキスしていたなら、こんな風にはならないだろう? 母さんと、父さんはとても仲が良くて、こっちが恥ずかしくなるくらいいつも一緒だった。キスしたあと、とても幸せそうで…。でも、今のシーンはそうじゃない。──何かあるんだろ?」
ハイトはそっとシーンの背に手を回し撫でる。いつかと同じだ。汚れが付くと思ったが、この際仕方ない。ビクリとシーンの背が揺れた。
「シーン。前に良くなるなんて、言ってごめん。訳も分かっていなくて…。何か、脅されているの? 俺に言ってもどうしようもないことは分かる。でも、同じ辛さを共有させて欲しい。…大切な人だから。シーンは…」
大切だ。とても──。
ヴァイスに嫉妬するくらい。
こんなに好いているのに、俺はシーンにキスすることもできないのに。
そこまで思って、はっとした。
俺はシーンに、キスされたいのか?
ヴァイスとするシーンを見た時、確かに嫉妬を覚えた。それは単に大切な人を奪われそうだから、それだけではなく。
俺も、そうされたいんだ…。
休日はシーンと過ごすのが当たり前になりつつあった。一緒のベッドに眠るたび、回される腕の温もりに心が浮き立った。
ずっとこのまま、過ごしていたい──。
気付けば眠るのが惜しくなっていた。
俺はシーンが好きだ。友人としてではなく。
でも、この思いを告げることはできない。告げれば、この友人関係がなくなってしまう。そんなことにはなりたくない。
「…そうだ。私は──ヴァイス様をそういう意味で好いてはいない。私が好いているのは──」
ぎゅっとシーンが更に抱きしめてきた。
「ここでは話せない。…部屋で話そう」
いったん腕をほどくと、シーンはハイトの手を取って薄暗い廊下を通り抜け、部屋まで戻った。
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