20.秘密

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「あ…」 「どうした? こんな時間にこんな所で蹲って…。──いや。見たんだな…」  濡れた頬を見られたらしい。  月光に浮かび上がるシーンの顔色はさらに蒼白く目に映った。  苦笑を浮かべ俯く。右手で顔を覆ったシーンは、一瞬泣いているかと思った。 「…そうだろう?」 「…ん。でも、背中しか見えなかった。何してたかは──見えなかった」  嘘だった。全部、しっかり見えていた。  けれど、シーンを思って言うのは避けた。見られなくはなかっただろう。 「俺、行くね。シャワー浴びないと、ずっと厩にいたから匂いがついて──」  この場から逃げ出したかった。ハイトはその場へすっくと立ちあがったが、急に立ち上がったせいで貧血を起こしかける。 「っ!」  くらりと視界が揺れて、慌てて壁に手を付こうとしたが、その身体を突然強い力に引かれた。シーンが抱きとめたのだ。 「あ、ありがとう、シーン。もう大丈夫だから離して」 「嫌だ…」 「俺、ずっと厩にいたから汚れてるし臭いって──」 「関係ない」 「…シーン」  どうしてシーンは自分を抱きしめるのか。 「私を、軽蔑するか?」 「そ、んな…」 「見えていたはずだ。私はヴァイス様と…キスをしていた。見えていたんだろう?」 「…うん。でも、軽蔑なんて…しない」 「どうして?」 「だって…、シーン、こんなに震えている…。好いた相手とキスしていたなら、こんな風にはならないだろう? 母さんと、父さんはとても仲が良くて、こっちが恥ずかしくなるくらいいつも一緒だった。キスしたあと、とても幸せそうで…。でも、今のシーンはそうじゃない。──何かあるんだろ?」  ハイトはそっとシーンの背に手を回し撫でる。いつかと同じだ。汚れが付くと思ったが、この際仕方ない。ビクリとシーンの背が揺れた。 「シーン。前に良くなるなんて、言ってごめん。訳も分かっていなくて…。何か、脅されているの? 俺に言ってもどうしようもないことは分かる。でも、同じ辛さを共有させて欲しい。…大切な人だから。シーンは…」  大切だ。とても──。  ヴァイスに嫉妬するくらい。  こんなに好いているのに、俺はシーンにキスすることもできないのに。  そこまで思って、はっとした。  俺はシーンに、キスされたいのか?   ヴァイスとするシーンを見た時、確かに嫉妬を覚えた。それは単に大切な人を奪われそうだから、それだけではなく。  俺も、そうされたいんだ…。  休日はシーンと過ごすのが当たり前になりつつあった。一緒のベッドに眠るたび、回される腕の温もりに心が浮き立った。  ずっとこのまま、過ごしていたい──。  気付けば眠るのが惜しくなっていた。  俺はシーンが好きだ。友人としてではなく。  でも、この思いを告げることはできない。告げれば、この友人関係がなくなってしまう。そんなことにはなりたくない。 「…そうだ。私は──ヴァイス様をそういう意味で好いてはいない。私が好いているのは──」  ぎゅっとシーンが更に抱きしめてきた。 「ここでは話せない。…部屋で話そう」  いったん腕をほどくと、シーンはハイトの手を取って薄暗い廊下を通り抜け、部屋まで戻った。
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