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5.当主の息子
その後、シーンは屋敷に到着すると、すぐに自室に戻って着替え、皆の休憩時間を見計らって厩舎に向かった。
ハイトへ仕事を斡旋する為だ。
屋敷の中の雑務には向いていない。下僕も下僕見習いも機敏に歩き回らねばならないのだ。調理場にしてもそう。あの足ではやはり厳しい。
それならと、以前、若いのが欲しいとぼやいていた厩舎の管理人、キエトに声をかけようと思ったのだ。
本来なら執事である父オスカーに伺う所だが、言えばすぐに却下されるのは目に見えている。厳格な父は、特に理由がない限り、身許のはっきりしない者、身体に不自由な箇所がある者を受け入れない。
それならと、先に手を回す事にしたのだ。父には前の失敗がある。キエトがいいと言えば、強く反対はしないだろう。
彼は既に七十才を超えている。まだまだ働けるが、それでも、きつい仕事が多いそこはそろそろ身体にこたえて来ているらしい。
「手伝いがいるかって?」
キエトは餌の干し草をフォークで突き刺すと、一旦手を休めシーンを振り返った。額に浮かんだ汗を首に巻いたタオルで拭うと。
「そりゃあ、欲しいさ。けれど、適当な奴なら願い下げだ。いつかあんたの親父さんから紹介されて使った奴がいたが、さぼることばかり上手くてな。逆にいらんくらいだった。いったいどんな奴を連れてくるつもりだ?」
キエトの言葉に苦笑する。
あれは父オスカーが懇意にしている他家の執事から無理に頼まれ入れたものだった。執事仲間の息子だったらしいが、全く使い物にならず。キエトには迷惑をかけただけだった。
「今回は大丈夫。私が責任を持つよ。とてもいい子だ。元々家が農家だった子でね。ただ、右足が上手く動かず走ることはできない。それでも十分仕事をこなせると見ている」
「…そうか。まあ、シーンがそう言うなら、少しなら使ってみてもいいが…。ここの所腰の調子が良くなくてな。やっぱり誰か手伝いが欲しかったんだ」
「彼は馬の扱いにも慣れている様だ。良かったらそちらの仕事を主に振ってやるといい。喜んで務めるだろう」
「そうか! そりゃあいい。前に入ってきた馬がなかなか人慣れしなくて困っとったんだ。あいつを扱えるならいいが…。まあ、いい。試しに使ってやるよ」
「ありがとう。キエト」
前に入って来た馬は、ハイトの馬だろうか。
そうだとしたら、ハイトにはチャンスになる。扱いづらい馬を馴らしたとあれば、評価も上がるだろう。
シーンはキエトの反応に、ホッとする。
身分から言えば、こちらが命令する側なのだから、相手の思いなど汲まなくともいい。
だが、幼い頃からこの屋敷にかかわってきたシーンは皆に気安く声をかけていた。
シーンは誰彼と差をつけない。下働きだろうが関係なかった。そんな態度に働いている者は皆親しみを覚えていた。
一見すると冷たく見えとっつきにくく見えるシーンの容姿だが、話せばそんなことはないと皆知っている。
あとは父の了解か。
これが少々面倒な気もするが、キエトが助手を探しているのは知っている。
それに、やはり以前に自分の推薦で雇ったものが散々だった手前、拒否はしないと思えた。
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