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医師のクレールとは旧知の仲だった。
年齢はシーンより少し上だが、ざっくばらんで気安く頼れる好人物だ。
知り合ったのは、屋敷に通いだしたころ。当時病弱だった当主の息子のつきそいで来たのが始まりだ。
「おうおう、その恰好、泥遊びでもしたのか?」
突然の来訪に、遅い朝食をとっていたクレールは、奥の部屋から大柄な身体を揺らしのそりと顔をだした。
濃い茶色の目と髪に無精ひげ。長めの髪を背で一まとめにしていた。切るのが面倒で、結果そうなったのだと言う。
口調とは裏腹に、シーンの腕の中に人がいるのを見ると、すぐにベッドへと導いた。
少年を包んだ上着はそのままだ。外せば泥がベッドについてしまう。
クレールは少年の胸元を寛げると、一瞬、眉間しわを寄せたが、それから思い直したようにいつも通り胸に聴診器を当てて暫く何か探る様に沈黙していたが。
「…大丈夫だな。入浴させてもいいようだ。お前もその泥を落としてこい」
言って手近にあったおろしたてのタオルを押し付ける。それを受け取りながら。
「私も手伝おうか?」
その言葉にクレールは少年に目を落とし何処か考えるようにした後。
「…や、いい。俺だけの方がいいだろう…」
その言葉を訝しく思い首をかしげるが。
「ほら、さっさとあっちの風呂場に行ってこい。着替えは俺のを出しとく。おい、ロシュ、面倒を見てやれ」
「はい!」
傍らで心配そうに見守っていた赤毛の少年が大きく頷いた。
ロシュと呼ばれた少年は、クレールの元で働く医師見習いだ。貧しい家の出らしいが、頭がよく、少年の母親の往診に来ていたクレールがその能力を見初め、ここで働くようになったのだ。
もう一人、看護師の女性、笑顔の明るいカリダもいたが、今日は休みの様。
クレールの大柄な身体の向こうに見え隠れする少年は、まだ意識を取り戻さないようだった。
「シーン、こちらにどうぞ」
「ああ、すまない…」
気にはなったが、今は任せるしかない。大人しくロシュの後に従った。
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