21.告白

2/3
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
 目が覚めると、シーンの腕の中にいる自分に気が付いた。それで、昨晩の出来事を思い出す。カッと頬が熱くなった。  昨日、シーンと…。  昨晩の名残が残る身体に全てを──いや、所々こま切れになった記憶を思い起こし、赤面する。初めての経験だった。思う相手に抱きしめられ求められる行為。  いつか、安宿に連れ込まれ、無理やりものにされそうになった時とは違う。  そこには愛情と労わりがあった。シーンは自分の反応を見ながら、怖がらせないようそっと触れていった。  初めのキスだけだ、激しかったのは…。  そうこうしていれば、頬をくすぐられ、額にキスが落ちてくる。 「…おはよう。ハイト。その、身体の具合は…? 眠れたか?」 「あ、…ん。よく眠れた…。身体も──きっと大丈夫…」  恥ずかしくて、まともに顔が見られない。  シーンはヴァイスとの先を考え、クレールに男性同士のやり方について聞いていたのだという。まさか、自分との間で役に立つことになるとは思っていなかったと言った。  ずっとシーンの胸もとばかり見ていると、くすと笑ったシーンが、 「可愛いな…。愛おしさが増す」 「シーン…」  キスがまた額に落とされ、長い指が頬を滑り髪をかき上げる。 「こっちを見てくれないか? ちゃんと顔を見たいんだ。昨日の告白が嘘でなければいいんだが…」 「…っ」  指先が目元をくすぐって思わず顔を上げた。ばちりとシーンと目が合う。  それはとても優しい眼差しで。いつも以上に際立っていた。つい見惚れていると、 「実は──先程まで君に手を出したことを、後悔していたんだ。出せば未練が残るからな…」 「シーン! 後悔なんて、俺は…!」  思わずそこへ身体を起こすと、横になったままのシーンを見下ろす。  何もないより、ずっと増しだ。後悔なんて、しないで欲しい。 「分かってる…。君の気持ち本物だと言うことは。抵抗もせずに私を受け入れてくれたのだからね。勇気がいっただろうに…。その君を捨てて、私はヴァイス様の要求を受け入れようとしている…」 「シーン…」 「だが、分かっていても止められなかった。君が欲しかったんだ。ヴァイス様と何か事が起こる前に、君を知っておきたかった。愛する人を腕に抱きたかった…。だから──後悔はない」  言い切るシーンの眼差しは、強い意思を宿していた。 「シーン。どうしても言う通りにするの? ほかに道はないの? 俺だったら仕事なんて幾らでも探せばある。前の貧しい生活に戻ったってちっとも構わない。だってそれでシーンが苦しむくらいなら、豊かな生活なんて必要ない」 「ハイト…」 「俺は…ヴァイス様にシーンを渡したくない…。シーンが幸せになるとは思えないからだ。お屋敷に勤める人たちだって、シーンを犠牲にしてまでここにいたいとは思わないよ。いずれにしろ、ヴァイス様が領主になれば変わってしまう…。みんな、もう覚悟はできているよ。だから、言う通りにするなんて言わないで…」  その胸もとに縋った。シーンがヴァイスを腕に抱くなど見たくも想像したくもない。  シーンはハイトを抱きしめると。 「私の小さい頃からの夢は、父のような立派な執事になることだった。このお城のようなお屋敷で、全てを取り仕切る。銀食器はすべて自らが磨き、主人の予定を全て把握し、客のもてなしも完ぺきにこなす、──そうなる様をずっと夢見ていた。けれど、ヴァイス様の成長とともに、その夢が揺らぎだしていた。自分の求めるものは一体なんなのか。この地位を守り、お屋敷の為に全てを捧げ、執事になることなのか。それとも──」  シーンの視線がハイトに注がれる。 「大切な人と過ごす道なのか…」  ハイトは胸元から顔を上げると、必死に言いつのる。 「シーン。俺は、大丈夫だよ。何があっても乗り越えられる。今までもずっとそうだった」 「君が現れたのは、私の思いを確認するいい機会にもなったんだ。起こるべくして起こったこと。偶然ではないと思っている…」  シーンはハイトの髪をもう一度梳くと。 「…今日は一日、休むといい。キエトには少し熱を出したと言っておく」 「ねぇ。頼むから、ヴァイスを選ばないで…。シーン…」  なおも縋るハイトに、シーンは子どもにする様に瞼や頬にキスを落としていくと。 「少し、考えようと思う。…私も君を不幸にはしたくない。そうだ、ハイト。昨日が誕生日だったのではないか?」 「あ…、本当だ──」  机に置かれたカレンダーを見て、思いだした。馬の出産もあって、そんなことなどすっかり忘れていたのだ。  シーンは腕をのばし、サイドテーブルに置いてあった小さな箱を開けて見せた。箱にはいつか訪ねた宝飾店の名前が刻まれている。  まさか──。  そこには柔らかい布に包まれたネックレスが入っていた。トップには薄いブルーの石が嵌っている。件の宝飾店でこれを求めていたのだ。 「十八才の誕生日、おめでとう。ハイトの瞳の色に合わせたんだ。ショーンが苦労して見つけてくれてな。首にかけていれば仕事の邪魔にはならないだろう? 本当は昨日渡したかったのに、あんな事になってしまって…。でも何度も言うが後悔はないよ。生まれてきてくれてありがとう。ハイト」 「…っ、シーン…」  言葉と共にキスが落とされる。それは昨晩の名残を感じさせるようなキスだった。  その日、シーンは時間を見てはハイトの世話を甲斐甲斐しく見てくれた。  時間になれば食事を上げ下げし、体調を気遣い。胸もとにはもらったばかりのネックレスが光る。それはシーンに着けてもらった。  それをハイトの首にかけた時。 「ずっと君の側にいたいが、そうも言ってはいられない。その代わりに──気持ちだけだが…」  こんな小さな石がシーンの代わりになることはないのだが、ハイトにしてみれば、そこからシーンと繋がっている様で、いないときも一緒にいると感じられた。 「ありがとう…。シーンだと思って大事にする」 「ふふ。君はいちいち可愛いな…」  髪にキスを落とすと、シーンはハイトの休養を知らせるため、部屋をあとにした。  思いだし赤面する。  シーンはまるで箍が外れた様にハイトを思う気持ちを隠さなくなった。  ヴァイスとの件は解決していないのに、ハイトと過ごす間はまるで悩みなど一つもないように見える。  もう、シーンは自分の中で決着をつけているんだろうな。  ヴァイスにどう対応するのか。ハイトはシーンを信じて見守ろうと思った。    きっと、二人にとって悪い方へは進まないはず。  直に夕刻になる。ベッドの中で現れるであろうシーンを今か今かと待った。  
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!