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25.急転
「…兄が?」
シーンは、ヴァイスの私室を訪れ事実を伝える。クライヴから伝える様、指示があったからだ。
報告を聞いたヴァイスは、椅子に座ったままそこへ固まる。
「はい。今しがた、軍部から正式な連絡があり、三日後、こちらへ到着されると…」
クライヴへ報告後、再度確認を取ろうとすると、軍部から先に連絡が入ったのだ。怪我や後遺症等もなく、五体満足で帰宅すると。
「死んだんじゃ…なかったのか?」
シーンの言葉にヴァイスは驚きを隠せない。それはそうだろう。誰も生きているとは思っていなかったのだから。
「船が沈没した際、救助されたそうです。その後、数か月、意識が戻らなかったそうで。意識を取り戻した後、暫く記憶障害を起こしたそうです。お名前も思い出せなかったとか…。ですが、半年ほどで元に戻り、軍部に連絡を入れられたと…」
「二年もの間…。そんなことがあるのか?」
「確かな情報です。先ほど、ご本人から父君のクライヴ様にお電話もあったようで。お元気な様子だったとのことです。本当に無事で良かったですね?」
「……っ」
ヴァイスはそのまま背を丸め頭を抱える。
「それなら──跡を継ぐのは…」
そのあとに続く答えをシーンは口にはしない。それは周囲の者が告げていいことではない。
と、そこへ父オスカーが訪れた。
「──ヴァイス様。後ほど旦那様の執務室へお越しください。お話があるそうです」
「…わかった」
答えるヴァイスの声は震えていた。
これで、跡継ぎはクラレンスとなる。そうなればヴァイスは晴れて自由の身となれるのだ。喜んでいいはずなのだが。しかし、ヴァイスの顔色は良くない。
「大丈夫ですか?」
「…あとで話しがある。僕と父の話が終わったらここへ来い」
「はい…」
シーンはヴァイスを見送ったあと、小さく息を漏らした。
幼い頃からずっとヴァイスを見守って来た。この部屋でなかなか寝つかないヴァイスに、歌を聞かせたり、物語を語ったりした事もある。
遠い昔の話しだ──。
あの、何も知らなかった頃には戻れない。時は進んで行くのだ。それは誰の上にも平等に。
自分の中で、ヴァイスとの日々は遠い思い出となりつつあった。
「…くそ」
部屋に戻ってくるなり、ヴァイスは悪態をついた。
やはりクライヴの話しは、跡継ぎを兄、クラレンスにするという決定だった。クラレンスが到着する前にはっきりとしておきたかったのだろう。
クラレンスが戻って来るなら、この屋敷も安泰だった。既に彼には婚約者もいる。
幼馴染みであり、戦争前に婚約し、ずっとクラレンスの生存を願って結婚もせず待っていたのだ。
家族ぐるみで懇意にしている侯爵家の娘で。つり合いの取れた相手。申し分のない家系でもある。
クライヴとの話しはすぐに終わったらしい。兄に継がせると。そして、もう一つ。
予定していた婚約は一旦見合わせ、改めてヴァイスの行き先を決めるとのことだった。
クラレンスは弟もかわいがっていた。
だが、あまりに乱れた素行が、今後のクラレンスの生活の足を引っ張る可能性はある。
屋敷に乱れた空気を残したくないクライヴは、ヴァイスを追い出すことを考え始めているのだろう。
「いったい、どこにやるっていうんだ? どうせどこか僻地にでも追いやるつもりなんだろう…」
いつもの癖で爪先を噛み始めた。不安になると起こす行為だ。
「クライヴ様はいつもヴァイス様の事を深くお考えです。きっと、悪いようにはなりません」
「シーン。僕について来るだろう?」
すがるような目で見てくる。だが、シーンの心は既に決まっていた。
「ヴァイス様…。私は自身で選んだ道を歩みたいのです。先程、クライヴ様に職を辞したいと申し出ました」
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