26.暗い焔

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26.暗い焔

「おい、ハイト。ご主人様が直々にお呼びだってさ。夕食が済んだ時刻に一階奥の客間に来いって。なんだろうな?」  午後の馬の世話を終え戻ってきた所で、下僕のアンリが首をかしげながら要件を伝えてきた。他の下僕仲間に伝えられたと言う。 「直々にって…。なんだろう?」 「何かへまをしたわけじゃないだろう?」 「うん…」 「部屋は廊下を行った先の奥だよ。後で場所教えるな。取り敢えず、シーンが戻ってきたら相談してみるといい」 「そうだね…」  何を言われるのか。  正直、怖くはあった。  もしかして、シーンとの関係がばれてしまった…とか?   でもそれなら、オスカーから話しがあるはず。使用人の個人的な事にわざわざ口出しはしないだろう。  いったい何の話しなのか、全く予想がつかない。直接という言葉に不安を感じた。  屋敷の中は、朝からずっとクラレンスの話題で持ち切りだった。今までにない活気が屋敷の中に溢れる。それまでの、行き先不安な空気を吹き飛ばす様だった。  どうやらクラレンスは好人物らしい。誰一人、悪い事は口にしない。  シーン。伝えられたのかな? 今日、オスカーに話すって言っていたけれど…。  職を辞すと言う旨。この騒ぎでは、落ち着いて話せなかったのではないだろうか。心配にはなるが、帰って来ない限り、確かめる事は出来ない。  シーンは新たな未来を選んでくれた。それも、自分と共に歩く道を。  不安はあるにしろ、言葉では言い表せない嬉しさがあった。  あの、シーンが俺を選んでくれた。  出会った頃は、そんな事、想像もしていなかった。抱きしめる腕も、甘い言葉を囁く声も、今は全て自分だけに向けられる。  なんて幸せなのだろう。  それを思うと、ハイトは不安も忘れ、得も言えない幸福感に包まれた。  その後、主たちの夕食が終わるまで、シーンは地下の使用人たちの部屋を訪れることはなかった。  どうやら急な来客があったらしい。それに、長男のクラレンスが無事に生きていたという話題で盛り上がり、夕食の時間がかなり伸びたらしく。  結局、シーンに相談することなく、滅多に、というか、初めて訪れる客室へとむかった。  アンリにしっかり場所を教わったため、間違えることはない。毛足の長い絨毯に足先が沈む。自分の様な者が訪れる機会などない場所に、落ち着かなかった。  今、お屋敷の住人たちは夕食を終え、別室で歓談中のはず。時間に間違いはなかった。  やっぱり、何か──不手際があったのかな。  廊下には誰の気配もない。  言われた通り廊下の突き当り、一番奥の部屋の重厚な扉の前に立つと居住まいを正し、扉をノックした。
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