47人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
26.暗い焔
「おい、ハイト。ご主人様が直々にお呼びだってさ。夕食が済んだ時刻に一階奥の客間に来いって。なんだろうな?」
午後の馬の世話を終え戻ってきた所で、下僕のアンリが首をかしげながら要件を伝えてきた。他の下僕仲間に伝えられたと言う。
「直々にって…。なんだろう?」
「何かへまをしたわけじゃないだろう?」
「うん…」
「部屋は廊下を行った先の奥だよ。後で場所教えるな。取り敢えず、シーンが戻ってきたら相談してみるといい」
「そうだね…」
何を言われるのか。
正直、怖くはあった。
もしかして、シーンとの関係がばれてしまった…とか?
でもそれなら、オスカーから話しがあるはず。使用人の個人的な事にわざわざ口出しはしないだろう。
いったい何の話しなのか、全く予想がつかない。直接という言葉に不安を感じた。
屋敷の中は、朝からずっとクラレンスの話題で持ち切りだった。今までにない活気が屋敷の中に溢れる。それまでの、行き先不安な空気を吹き飛ばす様だった。
どうやらクラレンスは好人物らしい。誰一人、悪い事は口にしない。
シーン。伝えられたのかな? 今日、オスカーに話すって言っていたけれど…。
職を辞すと言う旨。この騒ぎでは、落ち着いて話せなかったのではないだろうか。心配にはなるが、帰って来ない限り、確かめる事は出来ない。
シーンは新たな未来を選んでくれた。それも、自分と共に歩く道を。
不安はあるにしろ、言葉では言い表せない嬉しさがあった。
あの、シーンが俺を選んでくれた。
出会った頃は、そんな事、想像もしていなかった。抱きしめる腕も、甘い言葉を囁く声も、今は全て自分だけに向けられる。
なんて幸せなのだろう。
それを思うと、ハイトは不安も忘れ、得も言えない幸福感に包まれた。
その後、主たちの夕食が終わるまで、シーンは地下の使用人たちの部屋を訪れることはなかった。
どうやら急な来客があったらしい。それに、長男のクラレンスが無事に生きていたという話題で盛り上がり、夕食の時間がかなり伸びたらしく。
結局、シーンに相談することなく、滅多に、というか、初めて訪れる客室へとむかった。
アンリにしっかり場所を教わったため、間違えることはない。毛足の長い絨毯に足先が沈む。自分の様な者が訪れる機会などない場所に、落ち着かなかった。
今、お屋敷の住人たちは夕食を終え、別室で歓談中のはず。時間に間違いはなかった。
やっぱり、何か──不手際があったのかな。
廊下には誰の気配もない。
言われた通り廊下の突き当り、一番奥の部屋の重厚な扉の前に立つと居住まいを正し、扉をノックした。
最初のコメントを投稿しよう!