27.帰郷

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「それで、ヴァイス。お前はどうしたい?」 「どうしたいも…。父上にお考えがあるのでしょう…? このまま、ここにいられるとは、思っていません…」  クラレンスとの話しが一段落し、書斎に呼ばれたヴァイスは、クライヴの前で幾分小さくなって見えた。  この父の前では、いつもの生意気な態度は影を潜め委縮する。幼い頃からそうだった。  それは厳格な気質の父に太刀打ちできないと感じているからなのか。そこには恐れがあるのみで、尊敬などではないと見ている。  シーンは父オスカーと共に壁際に控えていた。 「お前はここで暮らすには居心地が悪かろうと思ってな。もっと都会で暮らす方が性に合っているだろう?」 「都会…?」 「そうだ。私の妹、お前の叔母がブルガルにある別宅を自由に使っていいと言っている。あそこは少し狭いが、ここより気楽に過ごせるはずだ。あの街にはお前の叔父のリオネルもいる…。話が合うだろう? お前をそこへやるつもりだ」 「そんな…」  ブルガルと言う街は、ここと比べれば、かなりの都会だった。  行くとなれば汽車では五時間ほど。車だと一日掛かりになる。近い距離では無い。リオネルが早々ここへ寄り付かないのも、そう言った理由もあるのだろう。  ヴァイスは言葉を失ったようにそこに立ち尽くす。しかし、クライヴは淡々と続けた。 「来週には行ってもらう。もう行く先の準備は整っている。執事や従者、メイドもそろえた。お前はそこで自由に暮らすといい。それだけの財産も持たせてやる。何か不便があれば──オスカーに頼め。以上だ」  一度、シーンを見たが、辞めると気付いてオスカーにその役目をふった。  それはていのいい厄介払いだった。それをヴァイスが気づかないはずがない。  しかし、異を唱える事もできない。跡を継ぐのは兄クラレンスだ。それを変えることなどできないのだ。それに、ここに残った所で厄介もの扱いされるだけ。  せっかく持ち上がった婚約の件も、結局、兄が戻ってきたことにより白紙になった。  アストン家は婿を迎え入れるつもりはないらしい。しかもいいうわさを聞かない相手だ。せめて領主になるならと差し出した娘だが、それも無しになれば、当然話はなかったものとなるだろう。  不憫だが。  これも自業自得、なのだろう。  しかし、これはヴァイスにとっていい話だと思った。都会なら、いちいち人目を気にせずともいい。好きな様に暮らせるだろう。  だが、ヴァイスはどう捉えるのか。 「…分かりました」  視線を落とし俯くと、そのまま部屋を出ていった。シーンも廊下を行くヴァイスの後に続き、部屋へと向かう。  部屋に戻るとヴァイスは、脱いだ上着を叩きつけるように床へ放った。  怒りが収まらないようだ。シーンはそれを拾い上げると、丁寧に形を直し、ハンガーにかけなおす。 「くそっ! いいように利用して…! 挙句に邪魔者は追い払えか?」 「…お言葉ですが、クライヴ様はヴァイス様にとって最善の提案をなされたかと。ここで暮らせば何かとクラレンス様と比べられることも多いでしょう。また、クラレンス様がご結婚なされば、住み辛さも増すでしょう。無理をしてここで暮らすより、気兼ねなく暮らせる場所としてお選びになったのかと。快く受け入れられてはいかがでしょうか?」  するとヴァイスは鋭い眼差しをシーンに向けてきた。 「お前だって、僕がいなくなればひと安心だろう? あの、下賤な奴と過ごせる。厄介払いできて清々だな?」 「…ヴァイス様。彼はハイトという名前があります。それに、厄介などとは思っておりません。ただ、ヴァイス様の幸せを願うだけです。何がご自身の幸せに繋がるのかを考えていただければ、今後の選択も間違わないかと」 「ふん。口では何とでもいえるな…。シーン。僕はお前が側を離れるのを認めてはいない。結局、お前は僕を選ぶしかないんだ…。よく覚えておけ。──もう下がれ」 「…はい」  それでシーンは大人しく下がった。  ヴァイス様を選ぶしかない?   どうしてそんな事が言えるのか。シーンには分からなかった。
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