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その日の騒ぎが一段落した頃、外出先から帰って来たアンリが声を掛けてきた。
「シーン、伝言なんだけど…」
「済まなかったな、アンリ。突然、お願いして。ハイトには会えたか?」
「それが…。俺が行った時には姿がなくて。暫く待っても見たけれど来る様子もなかったんだ。それで近くの店の親父に聞いたら、俺が到着する少し前に、馬車に乗って行ったって…」
済まなそうに頭をかきながらそう口にした。
「馬車に? 俺がいかないのに?」
「ああ。不思議だろ? 馬車だからどこか遠くへ行ったと思うんだけど…。それ以上は分からなくてさ。ハイトのおじいさんに聞けば何かわかるんじゃないのか?」
「そうか…。早速電話をかけてみる。ありがとう。アンリ」
「ああ。役に立てなくて済まなかった」
アンリは申し訳なさそうにそう言うと、ハイトに渡すはずだったメモを返してきた。シーンはそれを握り締める。
いったい、どこへ行ったのか。
ハイトが理由もなく見ず知らずのものの誘いで馬車に乗るはずがない。何かあったのだ。
その後、いったんヴァイスの看病を看護士に任せ、まだ遅くならないうちに、ラルスへと電話をかけた。
電話は執事室にある。父はクライヴの世話の最中で部屋には誰もいなかった。
足の悪いラルスを呼びつけるのは気が引けたが、今はそれどころではない。どうしても、ハイトの行方を知りたかったのだ。なぜか胸騒ぎがして。
電話を管理人の部屋へとかけ、ラルスを呼び出してもらう。数分後、ラルスのしわがれた声が聞こえてきた。
「ああ、ラルス。遅くに済まない。夕飯時だったね?」
『ああ、かまわんよ。わしもシーンに聞いて欲しいことがあってな。もうそっちはもうサンティエの村についたのかい?』
「実は…領主のご子息が急に病に伏せってその看病に追われて。村には行けなくなったんです。それを使いのものを使ってハイトに伝えようとしたのですが、行き違ったようで。ハイトは今どこに?」
『そうか…。ハイトはそっちにいないのか…』
そこでラルスは沈黙する。シーンは嫌な予感がして、せくように言葉を続けた。
「ハイトは家に帰っていないのですか? 使いの者が馬車に乗ったと聞いたらしいのですが…」
『いや。ハイトは帰ってきとらん。ただ、さっき、どこの者とも名乗らん奴が、金を置いて行ったんだ…』
「金? なんの金ですか?」
ラルスは少し押し黙った後。
『…ハイトを買い取った金だと』
「……」
『わしも訳が分からなくてな。男はすぐに帰ってしまって話を聞くどころではなくて。ただ、ここに金と領収書のようなもんを置いて行ったんだ。わしは字が読めなくてな。さっき管理人に読んでもらったら、ドゥロ商会と書いてあるらしい。シーン、知っているかい?』
ドゥロ。その名を聞いて一気に血の気が引いた。
それは闇取引を行っていると噂される、いかがわしい店の名で。どうしても欲しいものがあるなら、法外な大金をはたけばそこが用意してくれると言われていた。
扱うものは薬や食料品に収まらず、武器から宝飾品、美術品に動物、奴隷まで様々だと。
「確かに、ハイトを売った金だと?」
『ああ。しかし、大した額じゃない。…なにかの間違いだと思っているんだが…』
シーンは取り敢えず、またこちらから連絡すると言って通話切った。
まさか、人買いに? でも誰が? どうして──。
しかし、今は詮索している暇はなかった。もしラルスの言葉が事実なら、ハイトは買われたことになる。
いったい何処へ?
ドゥロ商会と取引のある店など、シーンは知らない。闇雲に探し回った所で時間が過ぎるばかりで見つかるはずもなかった。
しかし、裏の世界を知っているものが一人いる。シーンは躊躇いなく、すぐに取って返しその人物へと連絡した。
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