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28.行方
「ハイトが買われたって?」
次の日の昼下がり。街のパブで相対したのはリオネルだった。
あの後、直に連絡を取り、会う約束を取り付けた。頼るなら彼しかいないと思ったからだ。
奥まった席は個室の様で、秘密の話をするのに打って付けで。
リオネルは豪奢な金髪を肩へ跳ね上げ、シーンへ気怠げに視線を向けてくる。しかし、その様子に反してアイスグレーの瞳は強い光を帯びていた。
「そうです…。お電話でもお話しいたしましたが、昨日、ハイトの祖父に彼を買ったと、金を置きに来た者がいたのです」
「ふ…ん」
リオネルは顎に手を当て思案顔になる。
シーンはすぐに会う事ができ安堵していた。リオネルは用向きがあり、この近辺まで出てきていたのだと言う。ブルガルの街へ帰っていたなら、直接会って話すことは出来なかっただろう。
「その領収書の名前がドゥロ商会とありました。いい噂を聞く店ではありません…。ハイトは何かの手違いでそこに連れて行かれたのかと。ドゥロ商会に顔は効きませんか? そこと取引している店を知りたいのです」
「はは。私だってそんなに悪じゃないよ? あそこまでは汚れていない。…けれど、私も数度、取引はしたことがあるし、知らない仲じゃない…」
「どうか、ハイトの行き先を尋ねてはいただけませんか? 一刻を争うのです…。すぐにでも助け出さないと、どこでどんな目に遭っているか──」
「ふふ。必死な目だ。いいね。ただ──条件がある。勿論、金じゃない…。そんなものは腐るほどあるんだ」
そう言うと、リオネルはテーブルについていたシーンの手の甲に指を滑らせてきた。白い指先が甲の筋を辿る。
「君を私にくれるなら、相談に乗ろう…」
「──」
シーンは一瞬、目を瞠ったものの、直に目を閉じ、再度、覚悟を決めた様にリオネルに目を向けると。
「それでいいなら…。先にハイトを見つけてからの約束でも? 反故にするつもりはありません…」
言った後、唇を噛みしめれば。その様子を見たリオネルが唐突に笑い出した。
「冗談だ。君は──真面目だな? からかってみただけだよ。前の君たちを見た後で、手を出すほど愚かじゃないさ。馬には蹴られたくない…」
「では──」
「いいよ。すぐに手を回そう。今ならまだ間に合う。ああいったのは時間が経てば経つほど行方が分からなくなるものだからね? ひと月も経てば薬漬けにされて、生きているかどうかさえ定かじゃなくなる。むろん、私の店ではそんな事はさせないが──これは余談だね。さて、それでは早速、行動に移ろう。可愛いハイトを助け出さなくてはね。──これで退散させてもらう」
「しかし、条件は?」
ただであるはずがない。するとリオネルは声を低くし。
「こんな事を仕掛けるのが誰か──考えればすぐわかるだろう? 君たちを祝福していないもの。悪知恵の働くもの。──ね?」
「まさか、ヴァイス樣が…?」
「薬の件は聞いたよ。あの子は自殺するような玉じゃない。君たちの予定など、オスカーや他の下僕に聞けば分かる。わざと薬を飲んで君を引き止めている間に、裏で手を引いてハイトを売った──。粗方そんな所だろう」
「そんな非道な事を…」
使用人に手を上げる事は度々。追放することもあった。だが、人を陥れ売り飛ばすなど──。
しかし、リオネルは視線を遠くへ向けると。
「あの子ならするよ。断言出来る。あの気性だからね…。とにかく、身内の始末は身内がつけたいと言うことだ。彼も身を挺して君を引き留めようとしたんだろうが、まったく諦めの悪い…。また連絡しよう。それでは──」
それだけ言うと、リオネルは待たせてあった車に乗って、何処かへ去って行った。
「──」
ヴァイス様が…。
冷静になればそうだと気付けたのかもしれない。しかし、ハイトを見つけ出すことが先決で、そこまで考えが回らなかった。
確かにヴァイス以外にそんな事を企む人物はいない。他の誰もがハイトには好意的だったのだから。
あの時のヴァイスの友人の笑みは、それを知っての事だったのかも知れない。
何にせよ、ハイトの無事を祈るばかりだった。
その後、パブを後にしたシーンは、ラルスへ、ハイトの行方を知人に捜してもらっているとだけ伝え、待つように言った。詳しいことを告げて不安にはさせられない。
リオネルからの連絡が待ち遠しかった。
ヴァイスは倒れて三日目には回復していた。
それでもベッドから起き上がることはまだ無理な様だったが、どこか機嫌がいい。
その理由をシーンはあえて尋ねはしなかった。しかし、ヴァイスはすでに勝ち誇った様に自ら口を開くと。
「…ねぇ、一昨日は例のあいつとシーンの叔母の家に行くって聞いたけど? 僕の所為で行けなかったね…。悪いことをしたよ」
「…いえ。また後日、日を改める予定です」
「あいつ、元気なの? 仕事を辞めて今、なにしているの?」
どこか楽し気だ。あえてハイトが行方不明だとは言わなかった。まだ知らないと思わせていた方が、リオネルも動きやすいだろうと思ったからだ。下手にバレて行き先を変えられては見つけにくくなる。
「今は家にいるでしょう。祖父と妹の面倒をみているかと…」
「へぇ…。でも、今頃、本性を表しているんじゃないの?」
「本性、とは?」
「ふふ。こっちの話」
これでリオネルの推察に間違いがないことが知れた。企てたのはヴァイスだ。この態度が全て物語っていた。
怒りを通り越し、憐れみしか感じられない。
どうして、こうなってしまったのか──。
ハイトが無事でない場合はもとより、無傷であろうと、ヴァイスを許すことは出来なかった。
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