31.麦畑

2/3
前へ
/84ページ
次へ
 好きなものに囲まれた、穏やかな日々。  それは昔、夢見たもので。  スプリングの効かない古びたベッドに横になって、隙間風の入り込む窓から夜空を眺め思った未来。  決して、自分にそんな未来が来るとは思っていなかったのに。  「ハイト…」 「ん」  浴室から出てくると、先にベッドに座っていたシーンが、傍らを開け座る様に促す。  誘われるまま傍らへ腰掛けると、腕が背に回り優しく抱きしめてきた。温もりが心地いい。  シーンはハイトがすっかり身を預けるまで、いつまでもそうしている。そのまま眠ってしまったことだって何度もあった。  それでいいのだとシーンは言うけれど。 「シーン…」 「なんだ?」 「シーンは…俺で良かったの? 今更だけど…」  シーンには本来なら別の道があったのだ。  レヴォルト家で執事として当主を支える道。今の当主、クラレンスに請われたが、シーンはそれを断った。  完璧な執事。シーンならなれただろう。  こんなちっぽけな自分と冴えない農場暮らしなど、本来なら通る道でなかったのではと。  いつまでも居住まいの正しいシーンを見るにつけ、思うハイトだったが。 「それこそ、今更…だ。ハイトと出会った時点で、私の進むべき道は決まっていたんだよ。大切な人と心豊かに過ごす。それがどんなに幸せな事か。幸せを得られないなら、それは砂を嚙むようなもので、味気ない人生になったに違いない。何かが足りないとずっと思っただろう…」  シーンはハイトの頬にかかった髪を梳くと。 「私はハイトが好きだ。本当は、誰の目にもさらさず、二人っきりでどこか山奥にでも住みたいくらいだ。誰にも邪魔されたくない…」 「シーン…」  灰色がかったグリーンの瞳が近づき、唇の感触を確かめるようにゆっくりと口づけていく。 「でも、そんな事はできない。ハイトは人気者だから…」 「そ、んな──」  言いかけた所をぐいと引き寄せられ、互いの心音が聞こえるくらい身体が密着した。  薄い寝巻の生地越しにシーンの熱い体温を感じる。 「だから、今だけは独占するんだ。ハイトに触れられるのは──私だけだ」 「ん──」  何度も唇を重ねる長いキスの後、徐々に高まった熱に揺さぶられ、自然とシーンに抱き着いていた。腕を回しシーンのプラチナブロンドの髪を乱す。  シーンに求められることが心から嬉しくて幸せで。  触れられた箇所は、どこも熱を帯び、喜びに震える。自分でも驚くくらいだ。 「ハイト…。好きだ」 「…っ」  そこかしこに落とされるキスと同時に、好きと囁かれる。まるでうわ言のようだ。  身体ごと全部、シーンに捧げたくなってしまう。  キスから顔を起こしたシーンの頬に両手を添えて、灰色を帯びたグリーンの瞳を見つめた。 「ハイト?」 「…好きだ。俺も──大好きだよ。シーン」  ふっとシーンの目元が緩み、どちらともなくキスを交わした。  そのあとに、気遣うようにゆっくりと自分の中に身を沈めたシーンに。いつの間にか、我を忘れた様に自分を求めるシーンに。  すべてに愛おしさを感じた。  生まれてきて良かったと、心から思った。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加