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好きなものに囲まれた、穏やかな日々。
それは昔、夢見たもので。
スプリングの効かない古びたベッドに横になって、隙間風の入り込む窓から夜空を眺め思った未来。
決して、自分にそんな未来が来るとは思っていなかったのに。
「ハイト…」
「ん」
浴室から出てくると、先にベッドに座っていたシーンが、傍らを開け座る様に促す。
誘われるまま傍らへ腰掛けると、腕が背に回り優しく抱きしめてきた。温もりが心地いい。
シーンはハイトがすっかり身を預けるまで、いつまでもそうしている。そのまま眠ってしまったことだって何度もあった。
それでいいのだとシーンは言うけれど。
「シーン…」
「なんだ?」
「シーンは…俺で良かったの? 今更だけど…」
シーンには本来なら別の道があったのだ。
レヴォルト家で執事として当主を支える道。今の当主、クラレンスに請われたが、シーンはそれを断った。
完璧な執事。シーンならなれただろう。
こんなちっぽけな自分と冴えない農場暮らしなど、本来なら通る道でなかったのではと。
いつまでも居住まいの正しいシーンを見るにつけ、思うハイトだったが。
「それこそ、今更…だ。ハイトと出会った時点で、私の進むべき道は決まっていたんだよ。大切な人と心豊かに過ごす。それがどんなに幸せな事か。幸せを得られないなら、それは砂を嚙むようなもので、味気ない人生になったに違いない。何かが足りないとずっと思っただろう…」
シーンはハイトの頬にかかった髪を梳くと。
「私はハイトが好きだ。本当は、誰の目にもさらさず、二人っきりでどこか山奥にでも住みたいくらいだ。誰にも邪魔されたくない…」
「シーン…」
灰色がかったグリーンの瞳が近づき、唇の感触を確かめるようにゆっくりと口づけていく。
「でも、そんな事はできない。ハイトは人気者だから…」
「そ、んな──」
言いかけた所をぐいと引き寄せられ、互いの心音が聞こえるくらい身体が密着した。
薄い寝巻の生地越しにシーンの熱い体温を感じる。
「だから、今だけは独占するんだ。ハイトに触れられるのは──私だけだ」
「ん──」
何度も唇を重ねる長いキスの後、徐々に高まった熱に揺さぶられ、自然とシーンに抱き着いていた。腕を回しシーンのプラチナブロンドの髪を乱す。
シーンに求められることが心から嬉しくて幸せで。
触れられた箇所は、どこも熱を帯び、喜びに震える。自分でも驚くくらいだ。
「ハイト…。好きだ」
「…っ」
そこかしこに落とされるキスと同時に、好きと囁かれる。まるでうわ言のようだ。
身体ごと全部、シーンに捧げたくなってしまう。
キスから顔を起こしたシーンの頬に両手を添えて、灰色を帯びたグリーンの瞳を見つめた。
「ハイト?」
「…好きだ。俺も──大好きだよ。シーン」
ふっとシーンの目元が緩み、どちらともなくキスを交わした。
そのあとに、気遣うようにゆっくりと自分の中に身を沈めたシーンに。いつの間にか、我を忘れた様に自分を求めるシーンに。
すべてに愛おしさを感じた。
生まれてきて良かったと、心から思った。
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