31.麦畑

3/3
前へ
/84ページ
次へ
「ん…」 「まだ、寝ていていい…」  そっと濃いブラウンの髪を梳くと、身じろぎこちらに身を寄せてきた。  露になった肩へ上掛けをかけなおすと、腕の中にハイトを抱き込む。  田舎の朝は寒い。そろそろ収穫の時期を迎えるこの季節は、寒さも以前より増してきている。  自分でもこんなにと思うほど、ハイトに溺れていた。今まで付き合ってきた女性に対して、ここまで我を忘れて求めたことはない。自分は淡白な方だと思っていたのだが。  すっかり、ハイトに惚れ込んでいるのだな。  自分でも呆れるくらい、ハイトにぞっこんだった。本当に、誰の目にも触れない場所へ閉じ込めて、自分だけのものにしたいと思うほど。  控えめで、でも芯のしっかりした、強い眼差しを持つ青年。どんな辛い環境でも、前を向き、今できる最善を尽くしてきた健気なハイト。  それまでは執事として生きることが人生の目標で、生きがいだったのに、今では彼のいない人生など考えられない。  どこにでもいそうなのに、そうはいない。  ハイトを見つけ出せて良かったと思う。あの出会いがなければ、きっと会うこともなかっただろう。  人の出会いは面白い。  しかし、今思えば、あれは偶然ではなく必然だったのだと思う。  ヴァイスの扱いにも、執事としての将来に影が差していたのも事実で。ハイトはきっかけでもあったのだろう。この先をどう生きるかの。  そして、私は選択した。  どう生きれば自分らしくいられるのか。輝く未来が待っているのか。  それを気付かせてくれたのが、ハイトだ。  私の人生の指針。  眠るハイトを見下ろし、額に口づける。健やかな寝息に、これから先もこのままであって欲しいと強く願う。  私だけのハイト。  私は彼だけの、忠実な執事──。  彼と進む未来が光に満ちたものになるように、全力を尽くすことを誓った。  風に揺れ、音を立てる金の海原。その先に立つのは──。  私の愛しい人。 「シーン!」  自分を呼ぶ声に大きく手を振って答えた。   ーEndー
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加