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初夏の日のまぶしい青空が和室の中を照らしていた。
着物を着た祖母の前に小学生の私は立ち、大きな笑顔で作文用紙を広げている。
ああ、そうだ。コンクールで大賞を取った作文を自慢しているんだった。大好きな家族のことを、特におばあちゃんのことをたっぷりと書いた文章は学校の先生に褒められて、あっという間に市のコンクールに掲載されることになった。
拍手して褒められた私は上機嫌になって、決めの台詞を告げる。
「おばあちゃんのために結婚相手を連れてきてあげるから、元気にしててね!」
その言葉を交わしてから、その景色は白い靄の中に消えてしまった......。
・・・
目が覚めた私は一筋の涙を流していた。いつしか幼少期を写した夢を見ていたようだ。
祖母と交わした約束は実現することなく終わってしまった。いつの日かウエディングドレスを着たいという私の願望は、この約束から生まれたようなものだ。
マッチングアプリにはユタカさんからのメッセージがひとつだけ届いていた。
心臓がドクンと跳ねて、私は急に緊張の糸が張る。昨日は何も書けずじまいだったから、怒られるのかもしれない。
* * *
【魅力のある笑顔が素敵ですね!
これから仲良くしてくれたら嬉しいです。メッセージでやりとりしてもいいし、電話でも。
先ずはご趣味を、自由に書き込んでください】
(20xx/04/25 | 23:45)
* * *
会話のはじまりは丁寧ながらもとても柔らかい文体で書かれていた。
かしこまった自己紹介は、たぶん相手が好きじゃないんだろうな。とはいえ、なんて返してあげようか。
趣味かぁ......。
視界の縁に漫画本が見えた。小さい頃から漫画やアニメで育った私は、気になる作品をすぐに集めてしまう。小さな本棚からすぐに溢れ出るから、趣味と呼べるか微妙だ。
あと、茶色い印象になる料理は秘密にしたい。
こんな私を気に入ってくれるだろうか、首を傾げながらメッセージを打ち込んでいった。
* * *
【おはようございます! 昨日はメッセージを送れずにすみません。
漫画とかアニメとか......。
特にお気に入りの作品はないんですけど、鑑賞すること自体が好きで。最近は<恋のぼり>という作品を読みました。
こんな私ですけど、気に入ってくれますでしょうか】
(20xx/04/26 | 09:10)
* * *
どんな文書が良いのかよくわからない。だからただ単に思いついたまま書くしかなかった。
テーブルの上に置き去りになった本を片付けていると、あるアニメ映画のパンフレットがあるのに気付いた。劇場で観るのも好きだから、"映画鑑賞"とか言えば少しはお洒落な雰囲気がするんじゃないだろうか。
ああ、先ほど送ったメッセージをやり直したい気持ちに駆られてしまった。
こんな私に返信なんかこないだろう。
午前中はパソコンのネット配信でアニメを見ていて、ユタカさんからの返信がすでに届いていたのには気づかなかった。
* * *
【漫画いいですね! 興味あるんだけど、どうしても文庫を読んじゃうから。
たくさんの種類を読んでいるだけで、立派な趣味じゃないでしょうか】
(20xx/04/26 | 11:11)
* * *
まったく気づかなかったなんて、それに私のことを褒めてくれるなんて。私は勝手に恥ずかしくなって顔から火が出そうだった。
でも、無事に会話をはじめられたから安心もしたんだ。
・・・
静かな職場の中に、私がスマートフォンをタップする音だけが響いている。
私が勤めているのは小さなIT会社だ。スマートフォン向けアプリの開発を行っているのだが、チームに入って日の浅い私はアプリが正しく動作するのか検証を続けるだけの日々だ。
「......すみません、作業中申し訳ないです」
はい、と私は手を止めてそちらを向いた。
同僚の男性は細々と用件を告げる。少し小声で、その言葉の通りという印象がぴったりだ。
「......少しコードが気になったので、僕のほうで少し直しました。
......その、サーバーにアップしたので、......更新してください」
なるほど。わかった。
私は慣れた手つきで彼が修正したプログラムを私のパソコン上にダウンロードする。そしてスマートフォンに更新をかけて作業を再開した。
今までは退屈な毎日でしかなかったけれど、日々の生活が楽しくなっていった。毎日送り合うメッセージたちはまるで文通みたいな雰囲気を感じたんだ。
ユタカさんはさまざまなことに興味を示すみたいで、カフェでコーヒーを飲むのも水泳に行くのも一通り楽しめる。そしてちょっとお洒落なバーに行くのも好きだ。
気になる世界は広いながらも深くはなく、人から話を聞いて吸収したいのだそうだ。
* * *
【君が教えてくれた漫画なんだけど、本屋に置いてなくて。ちょっと残念だったな】
(20xx/05/10 | 21:03)
【そうなんですか、昔の作品ですからねえ】
(20xx/05/10 | 21:19)
* * *
ランチの時間でも彼について考えてしまう。どんな言葉でメッセージを返そうか考えていると、まるでホットコーヒーのように心が温かい。
だから、私がこれから送るメッセージには一切の迷いはなかった。
* * *
【そうだ、漫画お貸ししましょうか。
もし良ければ、どこかカフェでもご一緒してください】
(20xx/05/11 | 12:17)
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