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私がカフェで軽く仕事の打ち合わせをして、職場に戻っているところだった。
すると、視界の向こうににユタカさんがいたのだ。
彼はフリーランスだから時間は自由だ。今日はショッピングにでも出かけたみたいだ。
あれ、隣に誰かいる。背の低い女性は誰だろうか気になりだしたら仕方がなかった。
帰宅した私は、ユタカさんにさりげなくメッセージを送った。
* * *
【お疲れ様です!
最近は仕事が忙しくて、今度ショッピングなんかして気晴らしをしたいなと思っています。
お洋服とか買ったりしませんか?】
(20xx/05/27 | 20:17)
【自分のために、っていうのはなかなか無いかなぁ】
(20xx/05/27 | 21:01)
* * *
メッセージの口調はだいぶフランクになっている。だからこそ、私は聞いてみたいことをそれなりと引き出せるつもりだ。
* * *
【そうなんですね。
今日仕事場の近くでよく似ている方を見ちゃいまして。こんなところで珍しいって思ったんですよー】
(20xx/05/27 | 21:11)
【うーん。。。
ショッピングはしたよ。ほら、いつも時間は自由だし】
(20xx/05/27 | 21:24)
【......ショッピングはおひとりで?】
(20xx/05/27 | 21:26)
【いや、妹と一緒だよ】
【今日のユカさんはよく聞いてくるね】
(20xx/05/27 | 21:30)
* * *
"妹さんってホントですか?" こう入力した文章を慌てて消した。彼が言っていることは本当だと思う。でも、確かめないと気が済まない自分も心の中にいた。
* * *
【ごめんなさい、つい気になって。
やはり空似ですよね】
(20xx/05/27 | 21:35)
* * *
失礼しました! という意味のスタンプを添付すると、私は布団を包み込むように被った。私は、何を思っていたのだろうか。
自分が嫉妬するタイプなんて、まったく知る由もなかった......。
これが、ふたりの転換点。
・・・
あくる日、ユタカさんからカフェに誘われた。
季節はひとつ進み、雲と雨の匂いが混じる空気が梅雨入りだと教えてくれる。
この日のために新調したブラウンのスカートは私をとてもお洒落に飾っている。彼がどんな風に思ってくれるのか気になっているんだ。
カフェに入るともうユタカさんは到着していて、私に気付くと手を上げて答えてくれた。
ふたりしてコーヒーを飲んでいる。最近の出来事を談笑しているだけなのに、ここには心地の良い時間が流れている。不思議と店内の声は聞こえなくなり、私は彼の話に、自分の気持ちに集中することができる。
だから、頃合いを見て聞いてみよう。彼の恋愛観を、私への想いを。
マッチングして数か月しか経っていないのに早急かもしれない。でも、もう一歩先に進んだ私たちになってみたい。
ここで、彼は小さく何かに気付いた。
「そうだ、これきちんと返さないと」
彼が差し出した小さな紙袋には、私が貸した漫画たちが入っていた。別に返さないでいいのに。
私がユタカさんの顔を不思議に見つめていると、彼は言葉を途切れつつ答えるのだった。
「全部読んだよ。
そうだねえ、面白かったけど......」
......僕には合わなかったかなあ。その一言が私の胸に突き刺さった。
世に多数の作品がある世の中だ。どうしても感想の良し悪しというのは発生してしまう。
私はどういうわけかふたりの間柄だと錯覚してしまい、自然と顔を落としてしまった。
神妙な空気を感じ取ったのか、ふたりの会話はあらぬ方へ向けて転がっていった。
「ユカさんさ、正直どう思っているかな?」
......え? 急に何を切り出すのだろう。
何のことだか分からないまま、顔を上げた私は気づいたら口が勝手に動いていた。
「ユタカさんのことはとても良い人だと思っています。
......でもね、もっとあなたも自分のことを話してくれると嬉しいな。
いつも漫画を借りてばかりで、かといって小説は貸してくれなくて。
だから、あなたは......」
......あなたはずるいんです。本当は彼のことをもっと知りたいのに。話を聞くだけの人だから私はずっと喋ってて、何も言ってくれないから妹のことを全然信じられなくて。
無我夢中に喋り続けた私は、こんな我儘な本音を口にしてしまった。
「......正直、私だけ見てほしい!」
一言も話さずに私の言う事だけを聞いてくれた彼は、ここではっきりと頷いた。いつもの笑顔を崩さないで、終わりの台詞を口にする。
「そうだね、僕たち会わない方が良いのかもしれない」
彼は伝票を持って立ち上がると店を出ていった。ここで店内の喧騒が一気に聞こえるようになってしまう。その音に縛り付けられるように、私はまったく動けずにいた。
......本当はユタカさんを追いかけないといけないのに。
けっきょく、私は独りで帰宅した。
降り出した雨が私のスカートに跳ねる。きっと燕たちは低く飛んでいただろう。スカートにつけられた"イロンデル"という名称は"燕"のことだ。私の気持ちは勝手に高揚していただけで、まったく高く飛び回らなかった。
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