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 私はビールを今までにない勢いで飲んでいった。 「ちょっと由香里、飲むペースはやくない?」  久しぶりに友人と女子会をすることになった。すでに顔が赤くなっている私は、その場で大きなため息をついた。 「そっか、疎遠になっちゃったんだね」  話を聞いてくれる彼女は、恋愛の進展がどうなったのか心配して会を開いてくれたのだろう。何かと気を遣ってくれる人だ。 「そうだ、たまにはワインでも飲みなよー」  ワイン? 私はあまり得意じゃない。 「別にさ、今ここで注文するんじゃないよ。 色んな人とつながる場所だと思っててさ、マッチングアプリ(ここ)って。ある人が良かったとしても、別の人には別の良い点があるじゃない?」  色んな味を吟味するように、自分に合う人を探し出す場所だと彼女は説明してくれた。 「......もしかしたら君って、アプリ使わなくても出会えたりするのかもね」  彼女は楽しいものを見たいという雰囲気を醸して私を見つめていた。    それから私は"気になる"を押してくれた男性と会ってみた。  だがしかし、三人の男性はいずれも残念な結果に終わってしまった。  一人目は私がお酒好きだからという理由で私を選んだだけだった。  二人目は年収こそ高かったものの高級車とタワマンの自慢話をするだけだった。  そして三人目はただのマルチ商法だった。    もうため息すら出なかった。    ・・・    私は今日も仕事終わりにビールをひとりで飲んでいる。  ちょっとした刺身とビールさえあれば、私ひとりでいてもなんだか楽しい気がする。  でも、何かがもの足りない。  そうだ、私は話し相手が欲しいんだと気づいたときにはジョッキの中が空になっていた。  うーん、もう少し飲みたいな。  店内で店員を探していた目線は、ある一点で止まってしまった。  目の前に映る人物はいかにも顔が真っ赤で、泥酔していることが誰の目にも明らかだった。案の定、彼は私に視線を送り、低く響き渡る声をかけてくるのだった。 「姉ちゃん、ひとりでビールなんて楽しそうだなあ」  ここから彼は一方的に喋りだす。綺麗だねとか仕事は何やっているのとか色々言われ、しまいには一緒に飲もうと誘われてしまった。  ずっと相手のターンが続くカードゲームみたいだ。これからどうなるんだろうと思っていると、鋭い声が店内に響き渡った。 「やめてください、僕の待ち合わせした相手に声をかけないでください」  その声は会社の同僚だったのだ。いつもか細い声のする人が酔っぱらいの腕をつかむ。そして大きな声に尻込みした彼が立ち去って行った。    私はその場を、きらきらとした目で見つめていた。......ついに春が来たかと思ってしまった。    ・・・  午前零時を回って、私はベッドに潜り込んだ。  彼がいなかったら私はどうなっていただろうか。この時間でもお酒を飲んでいたかもしれないし、もしかしたらホテルだって......。  身震いした私は布団を深くかぶった。  その肌触りが私の心を落ち着かせてくれる。次第に冷静になった頭が、ひとつの気付きを得る。もう眠りにつきそうな意識の中で、私はあることが気になって仕方がなかった。    どうして同僚が居酒屋にいたのだろう。  どうしてこんなタイミングが良いのだろう。    ......すべてがつながっていたのだとしたら。それは恐ろしいことだった。    ・・・    次の日、私は小さな作戦を決行することにする。  出社した私は、同僚のデスクに小さなメモを置いた。そして私は何食わぬ顔をして週末まで仕事をこなし、花金だからと適当な理由をつけて定時で退社した。    さあ、あとは私が仕掛ける釣り糸にお魚が引っかかるのを待つだけだ。いつもの居酒屋で待っていると同僚が来てくれた。 「......待たせちゃってすみません。 でも、誘ってくれるなら、......堂々としてくれれば良かったのに」 「そんなことないわ。だって、君はこの間私を助けてくれたから」  私は唇に微笑を作って返事をした。わかりやすく、そしてわざとらしく。  "助けられたお礼をしたい"というメモに誘われた同僚は私の前に座っている。    ここまでは順調だ。ここからが勝負だ。  私は次々とお酒のアテを注文して飲むように勧めた。 「私は顔が赤くなるけど、まったく?まれないわ」 「ええっ、すごいですね。僕も飲んじゃおうかなぁ」  こんな適当な誘い文句に釣られて、同僚は飲むペースが早くなっていく。ここでさりげなくスマートフォンの話題を振っておこう。    ......その時は急に訪れた。  同僚はお手洗いに席を立った。案の定、テーブルの上に彼のスマートフォンが置かれている。私は手に取って調べだした。まさしく、警察がガサ入れするように。  目的のメッセージはすぐに出てきた。    * * * 【上手い具合に・・・という女性に言い寄ってください。 自分が助けるふりをしますので、話を合わせてください。報酬は・・・で】  * * *    やはり。同僚は私に近づくために一芝居を打ったのだ。  ここで場を御終いにするべきだろう、戻ってきた同僚にさりげなく帰りましょうと告げる。    堂々と私に好意を示せばよいのに。  たどたどしい口調が示すように、小さな男の子だな。
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