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古代史編
[サージ と 姉(あね)様]
主な登場人物
キミナ 言葉を発しない主人公
サージ 血はつながらない三歳下の弟
トージ 父親 家族思い
タミナヤ 母親 赤ん坊を亡くした事がある
村長(むらおさ) 思慮深く決断力もある
デンジ 村はずれの川べりに住む
異形の人 都の刺客・間諜(スパイ)と疑われる
この地は険しく連なる山々と荒海に囲まれ、僅かに開けた低地は 荒涼たる砂漠に通じる道だけという立地のお陰で隣接する超大国{龍榮}に吞み込まれる事なく存在を維持できていた。
しかしサソリと異名を持ち砂漠の民に恐れられる暴れ者が現れるまで、域内は永年にわたり二十余国に分かれ争乱が絶えなかった。
サソリは遊牧民の族長の子として育ち、生まれながらの知力胆力、成長に伴い身に付けた暴力で、他者の財を収奪、兵を養い武力を増強した。
ある夜 東から西への巨大な流れ星に啓示を受け東進を開始、知らぬ間に二十余国の争いに巻き込まれ闘い続けるうち全土平定統一、この地に定住する事にした。
彼らの言葉でサソリを意味する新しい国{スコーピル}を建国。彼は隣の超大国と交流を深めるため積極的に朝貢外交を進めた。自主的に属国となり、その威光を後ろ盾として自らの王国の永続的繫栄安定を目論見、それは確かに彼の没後十余年は成功した
しかしその後、宗主国{龍榮}の力が衰えると軌を一にする如く、お定まりの後継者争いから始まった内部紛争と、それに乗じて地方の反乱が頻発し安定は失われていった。
強大な三つの豪族が手を結び、王国と全面対決。遂に最終決戦で反乱軍が完全勝利し、歴史の舞台から{スコーピル王国}は降りる事になった。
敗れた兵隊や朝廷に任命されていた地方の役人たちも、祖先の地 大砂漠を目指したが、苛烈な敗残兵(落武者)狩りに討ち取られて大部分は逃げ切る事は叶わなかった。
ここは都から遠く離れた十戸足らずの小さな集落、背後に聳(そび)える山は連なる峰々の中でも抜きん出て高く、信心深い村人たちは山の神のおわす御神体と崇め敬っている。
貧しくとも助け合って平和に暮らす所にも、都で戦があり王様が倒されたという噂は聞こえてきたが、あまりにも遠くの
出来事に誰もそれ程の大騒ぎはせず敗残兵の事など気にも留めない。
人々は、日々の暮らし明日の天気 作物の生育状況が関心の中心だ。
「村長(むらおさ)よ、都の方で大きな戦(いくさ)があったらしいが、知っとるか?」
「あぁ、沢山の死人が出とるそうな。兵隊だけじゃない、王様の味方しとった者も一緒(もろとも)にな」
「逃げた者はおらんのか?」
「おるじゃろが、今も厳しい追っ手がかかっておる」
「流石(さすが)にこんな辺鄙な所迄は来んじゃろ」
「油断はできんが大丈夫じゃと思う。それより トージよ嫁の具合はどうじゃ?」
今 村人たちが一番心配しているのは、トージ タミナヤ夫婦に三ヶ月前女の子が生まれ大いに祝ったのだが、僅か一月で死んでしまって タミナヤが心身ともに弱っている事だ。
「いつも気に掛けてもらいありがたい事よ、お陰で一日一日良うなっておる。今日は気分が良いんで、死んだ娘に花を供
えてやりたいとお山へ出かけて行った」
「そりゃぁ良かった。けど二日前の雨で足元が悪いし川の水も随分増えてるで気を付けんと」
「それは重々注意しておいたでな。もうそろそろ帰ってくるころじゃ。心配してくれてありがたい感謝しておるで・・」
「噂をすればあれはタミナヤじゃないか?」
「そうじゃな。じゃぁちょっと迎えに行ってくるでお先に」
家に帰りタミナヤが胸に抱えている何かが見えて驚いた。 そこには粗末な布に包まれた赤ん坊。
「どうしたんじゃ、その赤ん坊?」
と聞くと、タミナヤがつっかえながらようよう話したのは、
花を摘んで死んだ娘に思いをはせ、涙を堪(こら)えて帰る途中
岩穴からなにやら小さな動物の鳴き声が聞こえた気がしたので中へ入ってみると、血だらけの男がたおれていて、 恐ろしくて逃げようとしたが、身がすくんで足が動かなかった。
その時、死んでいるような男の体の下から赤ん坊の顔が見え
たので、思わず手を伸ばすと男が目を開け、赤ん坊を差し出すように押し出し、【頼む】と声を出さずに口を動かした。
つい頷いて赤ん坊を抱え必死の思いで帰ってきたとの事。
トージの頭に浮かんだのは、その男は戦に負けて逃げてきた例の敗残兵ではないか?もし関わって見つかったら自分達もお咎めを受けるかも判らない事が心配だ。
とは言え赤ん坊の事はもっと心配で放っておけない、村長や皆の衆とどうするか相談。
とにかく赤ん坊はタミナヤに任せ、その男の様子を恐る恐る
調べに行ってみると、タミナヤの言った岩穴には、大きな血だまりと点々と続く血の跡だけが残され、向かった先は水かさの増した川のたもと。
そこで、血が途切れている周囲を懸命に捜したが何の痕跡もなく、水を飲みに来て川に墜ち 流されたんじゃないか、だがこの水量の激流では生きてはいないだろうと結論。
「赤ん坊の方は戦のどさくさで、旧の役人たちはいなくなって役所も混乱しているだろうから、タミナヤの子は生きてる事にして育てることができるのではないか」
と言う村長の提案で、赤ん坊は死んだ娘の名前キミナを受け継ぎトージ タミナヤ夫婦に引き取られる事に。
赤ん坊の身分や出自を表す物は何も無かったが、唯一この子が強く握りしめていたのが〔透明な青い石〕だ。
この石が何なのかを確かめる為に触ると、イヤイヤをするよう身体を動かしグズリだした。このままにもしておけず、小さな袋に入れ首から下げてやると、打って変わって機嫌よくなりその袋を握っている。
大人しくいつもニコニコして手がかからず、誰にも可愛がられてスクスク育っているが、ただ いくつになっても言葉を発しない事と、声をかけても時々何も反応せずポカンとしているのが心配。
相変わらず喋る事は無かったが元気に暮らし三年経った頃、この家に男の子が生まれ サージと名付けられた。
姉弟として育てられた二人は大変仲良く、サージは這い這い出来て話せるようになると
「姉(あね)しゃん姉しゃん」といつも後ろにくっついている、姉の
キミナは嫌がる素振りも見せずによく面倒見ている。
静かな姉と対照的に、元気一杯動き回りながら一方的に大声で話しかけ、それでも上手く意思疎通が出来ている風だ。
とりわけ二人は星を眺めるのが好きで、両親に早く寝るよう促される事が毎夜の決まり事となっている。
村人達にも可愛がられ貧しいながら、幸せな四人家族として暮らしているが、サージが五歳になったある日の夜の出来事。
いつものように両親が早く床に就くよう二人に伝えに行くと、娘の姿は見えず 肩を震わせ声を出さないようにしながら泣いているサージだけが居る。
「姉様はどうした?何処におるんじゃ?」
「姉しゃんは御用で出かけた」
「こんな夜遅うに何の御用じゃ?」
「分からんが、あっちの方へ行った」と御神体のお山を指差し
「おらも連れていけと頼んだけど、小さ過ぎると・・・『帰るのを泣かずに待っちょれ、御用が済めば直ぐ帰ってくる』
と言いよった」
「サージよ 姉様は喋れんはずじゃが、お前にはなんでそれが解る?」
不思議に思い尋ねる父に
「おらたちは姉(きょう)弟(だい)じゃからな」と得意げに答え、
「それに姉しゃまは、手も腕も指も使うて何でも教えてくれるんじゃ。ちゃんと目を見て話すとおらの言う事全部分かってくれるんじゃ」
とは言ってもそれ以上姉に関する詳しい話はできない。
おそらく読唇術と手話の初歩的原型で会話を成立させていたと思われるが、幼い二人にはまだまだ知識経験不足で一部表面的理解なのは否めないのだ。
「帰ってくるのは間違いないのか あの子は?」
「うん」とうなずき、例の[青い石]が入ってる小さな袋を差し出しながら
「姉しゃんがこれを渡してくれたんじゃ、一番大切な宝物をな。帰って来た時に返す約束しとる」
しかし、このままにもしておけず近辺を捜したが、見つか
らないし夜はますます更けてくる。
「今日はもう遅い。キミナも大切な[青い石]を置いていった程の覚悟じゃからな。われも早く寝ろ。村長にも話さにゃならん、捜すのは明日からじゃ」
翌朝早くから、村長はじめ村中総出で、お山の中を連日探したが行方はつかめない。時には普段決して入って行かない奥深く危険な場所へも向かうが、三日四日と過ぎる内に疲れも見え始めた村人たちのなかに
「山の神に連れていかれた神隠しじゃないか?」の声が出始める。
笑い飛ばしていた人達も、時間とともに少数派となり
「神様の御心(みこころ)には逆らえん、諦めんと仕方ないじゃろ」と捜索は打ち切られる。
両親は不本意ながら現実を受け入れざるを得ないと思うが
サージは一人意気軒昂(いきけんこう)で
「姉しゃんは帰ってくる」と言い、毎日床に就く時に
「今日も帰ってこんじゃったが、明日は帰って来てくれるか
な?」と聞き両親を困らせる。
一年が過ぎ二年三年過ぎ五年を経て、サージは何でも一生懸命に取り組み身体も順調に成長、十歳になった今は両親の仕事も手伝い大いに手助(てだす)けしている。
その日も一緒に野良仕事しながら時々腰を伸ばし、青空に浮かぶ白い雲と姉様の白い顔を重ね合わせ、懐かしくも寂しさを感じていたが、それを振り払うよう大きく伸びをして、お山の方へ目をやってみると、お山を降りてこちらへ近づく人影を視界にとらえ
「姉しゃんじゃ姉しゃんじゃ!」と幼子の時に戻り大声で叫びながら走り出し、両親もその声につられ駆け出した。
居なくなった時の同じ着物だが当然、袖丈身丈も合わず腕も足も随分はみ出した姿に一同笑い声がでて、サージは
「姉しゃん」といってから恥ずかしそうに
「姉様」と言い直し、少しモジモジしているとキミナはそんな彼をしっかり抱きしめて、家へ帰る。そこには話を
聞いた村中の人達が直ぐにやってきて、口々に
「何処へ行ってた?何をしていた?」
「怖い目に合わなんだか?神様に逢うたか?」
と矢継ぎ早の質問、だがキミナの口がきけない事を思い出し
「よう帰ってきた、良かった良かった」と慶(よろこ)びを伝えるだけに止め早々に「疲れとるじゃろ」と散会。
家族四人だけにになり再会の喜びをかみしめた後、昔に戻った様に二人で夜空の星を眺めながらサージが[青い石]の入った袋を渡すと、キミナは一際大きな喜びと感謝の表情を見せた。
次の日から暫くすると、何事もなかったかのように村の人達は接っしてくれ、貧しくとも平穏な日々は過ぎていったが
しかし変化は少しずつ起こっていた。
青空の下 母タミナヤが洗濯物を干そうとしているとキミナが母の袖を引っ張り、何事か身振り手振りで伝えようとして
いるのだが、訳が解らずサージを呼んだ。
長いブランクのためか少し頭を捻ってキミナに確認して
「母ちゃん、姉様は『雨が降るで今は干すな』と言うとる」
「こんな良い天気で・・・」という間もなくポツポツ降り始めたので驚き
「キミナはどうして判ったんじゃ?」と聞いてもニコニコするだけで、サージにも解らず首を傾げている。
それ以降も同じ事があり、父は大袈裟にならんよう考えつつ村長に話をすると、村長は何度も聞き返し確認して口を開く
「以前親父(おやじ)から聞いたんじゃが、海で暮らす水人の中に雨風を予告する爺がおって{海の神}と呼ばれとったそうな。同じ事を娘が出来るなら 村にとっては嬉しい話じゃ。雨降りが判ったら野良作業だけじゃない、祭りも寄り合いや集まりの段取りに都合が良い結構なことじゃ」
「預言や予告って言う程、もうちょっと早うから判ったら良いんじゃけど、そこまでは無理らしい」
「イヤイヤ結構結構。こんな何もない村に他所には無い、雨
降りの神様がおるかも分からんと思うだけで、皆良い気分に違いない」珍しく喜びを表す村長に
「雨降りの神様なんて大袈裟な事は言わんでくれ。神様扱いされるのは困る、騒ぎは大きくしとうない」
「ああ解った、充分心にとどめて扱う話じゃな」
言葉通り村長は時間をかけて慎重に事をはこんだ。
まず、トージが雨具を持つ日は晴れていても必ず雨が降るという話を少しずつ広め、村中に充分浸透させると
「キミナが感(かん)働(ばたら)きで雨具用意しているそうじゃ」
「ほお・・えらいもんじゃな。わしらもトージを見とったら雨が判るわけじゃ」と無邪気に喜んでいる。
日々は過ぎ、村の小さなお社の修理が急遽決まり、お山の木をいただく事になったと知ったキミナは弟を通じその日の雨を予告、村長は皆に雨具を持ってくるよう伝えた。
当日、雨具を忘れた村はずれで川べりに住むデンジに
村長は「仕方ない、今日は休んでいろ」
「大丈夫。少々の雨は平気じゃ。大事なお社の事じゃ手伝わ
せてくれ」
仲間身内として責任を果たそうとし強行参加した。
予告通り大雨となり、彼だけびしょ濡れになって、その夜高熱を発し苦しんでいると、それを知らされたキミナは、何かの木の根をすりつぶして作った、小さな黒い塊二粒をサージに託し病人に飲ませた。
翌日、一晩で彼が元気になったのを知った村の皆は彼女の不思議な力にあらためて気付き、一風変わった娘から特別な人として崇め始め、誰もがキミナに困りごとを相談しようと寄ってきた。
とは言え具体的に答えるのはサージ少年となると迂闊に家庭内の深刻な事柄は打ち明けられず、結局他愛のない事だけになり騒ぎは収まり静かになった。
しかし村人達は彼女が全ての不幸災いを防いでいると信じ豊かな心持ちでいられた。
それでも神様扱いを嫌がったキミナは家に引きこもりあまり外出しなくなった。
周囲に知られてはいなかったが、月日の経過に比例しキミナ
の能力は進歩しサージの理解力も増して大人になっていた。
秋の収穫が終わったある日、彼女は村はずれの デンジの家を指差し深刻な様子でサージに訴えた。
「姉様が、『二日後大雨でこの家は流されるから直ぐ避難するよう』言うとる」言われた デンジは
「信用せんわけじゃねぇが、この歳になるまで一遍もここまで水がついた事は無いでなぁ」と渋っていると村長が
「予告が外れたら外れたで結構な事。あの娘には何度も助けられとる、今度もまちがいない」との勧めで村長宅へ逃げる事にした。
二日後完全に家は予告通り流され跡形もなくなってしまい、少し高台へ移ることになった デンジはそれ以降 キミナを人前で{神の子}と呼んでいる。
偶(たま)に出会った彼女に村中手を合わせる事態に、村長は困っていたがここまでくればやむを得んと自然に任せていこうと決心。
次の年は雨が降らず彼女の出番は減少。当初、村人たちは気楽に
「今日もえぇ天気じゃ」
「そうじゃなぁ。洗濯物がよう乾く」と言い合っていたが、あまりに晴れが続き 水不足の不安が話題になり始め、村長に相談。
「いつ雨が降るか知りたいのう。これ以上日照り続きじゃとえらい事になるで、一遍 キミナ様に聞いてみちゃくれんか、直ぐには降らんのなら 雨乞いでも何でもして一雨欲しいんじゃが?」と サージに頼み暫く待つと
「姉様は『月が三度満ちる迄 雨は降らん』と言うとる」
「そいつは困った事じゃ。何とか降らしてもらえんか?」
「神様じゃないで そんな畏(おそ)れ多い力は持っておらんと」
「それじゃどうすれば?儂らはみんな日干しになるで」
「姉様は 井戸を掘るように言うとるで」
「井戸?井戸なら儂らは何遍も試しとるが、残念ながら当った事はないんじゃ」と言うと サージは
「お社から月が出る方に百歩、そこを掘れば水は出る」と
キミナの言葉を伝えると
「そう言えば、最近山から降りてきた鹿がその辺りに屯(たむろ)しとったなぁ」
「儂も見たで。何故こんな所に居るのかと思ってたが」
「それが ひょっとすると目印ちゅう事かもな・・・・」
指示通り早速試して井戸を掘り当て
「やっぱり神様じゃ。お陰で危いところを脱っする事が出来た。神の子が助けてくれた。有り難い有り難い」
このような話がいくら人里離れた山奥の出来事とは言え、噂にならない訳がなく、この村を管理支配する役人の耳に入り都に奏上。それを受けた高官
「不思議な娘がおるそうじゃな」
「何分、田舎者で身分卑しい者共の話で、噓か真実(まこと)かハッキリしませんが・・・・」
「構わん。儂に考えがあるので、その娘を連れてまいれ。『否』
とは言わさぬよう、荒くれ兵を五十程こちらから送ってやろう。逆らうやつらがいれば問答無用、始末しろ」
当時この国は三大豪族が合同統治、表面的には友好関係を保っているが、その実 主導権争いを繰り広げている。
彼は他の二者への優位性を手に入れる道具として、不思議な力を持つ娘を利用しようと考えているが、万一偽者であれば躊躇なく切捨てるつもり。
他の豪族たちに計画を悟られぬよう秘密裏に準備し、ようよう兵隊たちは出発。山奥の村を目指したが、あまりに遠く退屈な行軍に不満を募らせ通行途上にある村々を襲い、掠奪(りゃくだつ)暴行の悪行三昧。
その一行が我が村を目的地としていると知り、村長はじめ全員が恐れをなしキミナの所へ集合。
そこへサージが
「姉様も事態はご存じじゃ。彼らの目的は自分であるから『次の満月の日にこの地を去る』と言ってる。われら家族四人一緒に」
「待ってくれ。どうやって、どこへ行く?儂(わし)らはどうなる?」
村長の言葉に続き村人たちも
「神様のおらんこの村でどう生きていくんか。儂(わし)も連れて
行け!」「私も!俺も!みんな連れて行ってくれ!どんな所でもいい、一緒なら!」
再びサージが
「姉様はこうも言うとる『もし一緒に行きたい人がいれば喜んで共に参りましょう』とな」
それを聞いた村人達は勿論全員が大喜びしていたが
「それまでに都の兵隊がやってくるぞ。どうする?」
「姉様は彼らを一時(いっとき)追い返し、準備の時間を稼ぐため皆に協力してほしいそうじゃ」
「解った。なんでも言う通りに」村長の言葉に全員が賛成。
都の兵隊たちが村に勇んで入って来ると、村人は一人も居ない。家はもぬけの殻、手当たり次第家の中を引っ搔きまわしたが、何もなし。
「さては、この山に逃げ込んだな。よし山狩りだ」と隊列を組みなおしていると、山から小石がパラパラ落ちてくる。
見上げると 社(やしろ)の上小高い丘に真っ白な布を纏(まと)ったキミナの姿。あまりの神々しさに兵隊たちの動きが止まる。
その刹那、朗々たるサージの声が
「都の狼藉(ろうぜき)もの達・・天罰を受け暗闇地獄へ落ちろ!」と谺(こだま)し、まわりが少し薄暗くなり始めると誰かが
「日が欠けてる」と恐怖の声。欠けるに従い動揺が広がり
「助けてくれ!」
「神よ、お許しを!」
ますます広がる闇に大パニック。
「逃げるぞ!」の声に我勝ちに騒々しく逃げてゆく兵隊達。
真っ暗になる頃には完全な静寂が支配。光が辺りを再び満たした時、兵隊たちが居た所には夥(おびただ)しい武具刀剣が残されているだけだ。
いつの日か再び攻めてくるに違いないと、その日以来全員で脱出用の筏(いかだ)を用意し満月の日を迎える。
その大切な日、短髪に全身を覆う文身(刺青)と深い刀傷に貫頭衣(袋の穴から顔と手足を出した様な衣)を纏(まと)う異形の人が三人の従卒と村に入り、何事か呟きながらお社へ参拝。
村人は都からの新たな刺客か間諜(スパイ)と疑うが、彼らは武具はおろか寸鉄も帯びてはいない。念の為遠巻きに見ているとキミナの家へ向かって行く、それを危ぶんで阻止しようと彼らを囲んだ時キミナが現れる。異形の人は大声で
「青い光は何処(いずこ)に?」
キミナが小さな袋から例の[青い石]を取出し掲げてみせると異形の人たちは恭(うやうや)しく跪(ひざまず)いて
「姫、お迎えに上がりました。わが蓬莱(ほうらい)の地へご案内申し上げます」
それに応じたサージの
「準備は出来ています」
チラッとその声の方を伺い首を傾げたが、得心したのか
「ははぁ」と平伏。
煌々(こうこう)たる満月の下、筏に乗り込んだ村人たちは、神の子と共にいる安心感を漂わせ穏やかにその時を待っている。
キミナとサージはいつものように仲良く星空を眺めている。
筏の先頭に立つ異形の人は従卒の位置が正しい事を確認すると、巧みに竿を操り三日三晩降り続いた雨で、水嵩(みずかさ)の増した川
の真ん中へ。そして一声
「出発!」
その声と同時に、筏は大きな【青い光】に包まれ一瞬で消え去った。
後の歴史書に{会稽(かいけい)王の教えで、断髪文身で倭の人々は
蛟(こう)龍(大魚・水禽(きん))の害を防いだ}と記されている。
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