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プロローグ
レオンが目覚めると、横には美しい娘がいた。長い漆黒の黒髪に藍色と菫色を混ぜたような深い色の瞳。子猫のように大きな瞳は濃いまつげに縁取られている。肌は白磁のように肌理(きめ)細かく、唇は濡れたように赤い。
「ここは……?」
「死にかけていたから、連れてきた」
抑揚のない声で娘が答える。娘の現実離れした美貌に見とれて、一瞬反応が遅れる。
確か、森で迷っているうちに突然蛇に襲われた。ベッドから起き上がり、噛まれたはずの足を見る。紫色の斑点が浮き上がっていた。
「これは一体……。 毒蛇だったのか」
「ただの毒蛇じゃない。人を呪う魔物」
「俺は呪われたと?」
「放っておけば、そこから呪いが全身を蝕む。肉は腐り、近いうちに死ぬ」
いやな死に方だ。
「私なら治せる。けれど、条件がある」
娘の目がすっと冷えた。その瞳の奥には、湖のような深淵がある。
なにやら部屋の空気まで一気に下がったような。
──あまたの修羅場をくぐってはきたが、この娘只者ではない。
「契約は、等価交換」
「命を差し出せと?」
「命までは貰わない。必要なのは体だけ」
その言葉にぞっとする。なにをさせようというのか。二人の間に異様な空気が流れる。
「俺になにをしろと?」
「私と契ってもらう」
──ヤバい。かわいい顔して、頭がイカれてるのかもしれない。
「私の言うとおり体を差し出せば命は助ける」
娘の声は鈴を転がすように甘いが、内容は耳を疑うほどかわいくない。
横にいた犬が、同情するようにレオンを見て鳴いた。
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