悲嘆の王妃と神託の騎士

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「……貴女が、お父様に私を預けずに自らの手で殺してくれていればよかったのだわ。そうしたらあの悪夢のような一夜は訪れなかった」  王妃の手が震え、杯が落ちた。赤いワインが床に弧を描き、金属音が虚しく響いた。 「私はその一夜がどうしても欲しかったのよ! 貴女には分からないでしょうね。愛する者に指の一本も触れることができずに朽ちていく女の心中など! 女として愛されることもなく、政略結婚した相手に身を捧げる姿しか視界に入れられない地獄の苦しみを! 貴女は彼と十五年もの時を共に過ごした上に、女として愛されたのだから!」  王妃の嘆きは玉座の間によく響いた。求めたのに与えられなかった者。求めなかったのに与えられた者。どちらも等しく不幸であったとしても。己の不幸に勝る不幸など、世には存在しない。 「二つ目の理由はね、どうせ神託が成就するなら、私の目の届かないところであって欲しかった。私の娘と私の愛する男が仲睦まじくしている姿を見るなんて——想像するだけで嫉妬の炎に狂うかと思ったわ! まだこの世に生まれ落ちたばかりの我が子に対してそんな風に思うほど、私は貴女を憎んでいたの。——いいえ、今でも憎んでいる」  娘に向けられたのは明確な憎しみだった。怒りだった。愛のある婚姻ではなかった。自らの体を蝕み生まれ出てくる生き物に対する憎悪。  生まれた瞬間に子に対する母性が芽生えるなど幻想も甚だしい。もし仮に異性であれば——別の執着が生まれたかもしれない。だが同性であればそこに芽生えるのは同族嫌悪である。
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