悲嘆の王妃と神託の騎士

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 のどかな村だった。なだらかな丘では羊たちが安らかに草を食み、傍らには娘たちが岩に腰掛けながらその様子を見守っている。  更にその様子を見守る男が一人。かつて騎士だった男はその地位を捨て、生家に戻ることもなく、こののどかな村で暮らしていた。あの日殺されるはずだった赤子と共に。  城を出てからはや十五年の歳月が流れていた。娘はすくすくと育ち、やがて村で一番美しい娘となった。縁談は絶えず訪れるが、その全てを断っていた。  娘として育ててきたが、血の繋がりはない。血縁でもないのに勝手に縁談を定めることができようか。娘が心から愛する相手を見つけたなら、その時は祝福しよう。そう思い見守り続けたきた。 「お父様」  娘が騎士に気付き、ややあって騎士は手を上げて娘に答えた。  娘は育つにつれて王妃に生き写しになっていく。この国で一番美しい王妃。若かりし時分、騎士は王妃に思慕を抱いていた。それも昔の話だ。だが娘が美しく育つほど、騎士の心は揺れた。 「迎えにきてくださったの? 今日は私の十五歳の誕生日を祝ってくださるのですよね。今日は早めに帰りましょう」  ふわりと、娘の笑みに混じって色香が漂った。蕾だった花はいつしか芳しい香りを放ち、騎士の鼻腔をくすぐり悩ませるようになった。  早いところ娘に相応しい男を見つけ、嫁がせなければ。自身が欲望の獣に取り憑かれてしまう前に。  その日は娘の十五の祝いの日だった。いつもの食卓に羊の肉を乗せ、ささやかながら古いワインを開け、杯を交わした。 「お前ももう十五になる。早いものだ。想い人の一人や二人できてもおかしくはない年頃だろう」 「いえそんな。私はまだ羊たちと暮らしている方が楽しいですわ。殿方なんてとても。お父様がいらっしゃれば十分です」  娘の笑みに心の臓が跳ねる。その言葉の指し示す意味が男としてではなく父としてであることは頭では理解している。  だが酔いの回った頭のこと。娘の上気する肌。想い人の面影を宿した若い肢体に肉体が欲情するのを、どこか冷めた目で俯瞰する己がいた。
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