悲嘆の王妃と神託の騎士

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 玉座には喪に服した王妃が座していた。片手は肘を付き、もう片方の手には杯を持ち、身を投げ出していると言った方が正しいか。やつれた顔に幾分年輪を刻んではいるが、その顔は娘とよく似ていた。 「貴女が、私のお母様ですか」 「そうよ」 「貴女が、私を殺そうとしたの?」 「そうよ」 「私が生きていて、残念でしょうね」 「神託は成就されるものだわ。私が殺そうとしなくても、きっとこの結末に帰結したでしょうね」 「そう思っていたのなら何故、わざわざ殺そうとしたの?」 「ひとつは神託の真の意味を悟られないようにするためよ」  頬杖と溜め息をひとつ。王妃は滔々と神託の真実を告げた。 「王に下った神託は『汝の娘が王妃の最も愛する者の寵愛を受け国を傾けるだろう』だったわ。王は神託を受ける時に『娘の運命』ではなく『この国の行末』を望んだ。神託はいつだって簡潔なもの。『汝』と『王妃の最も愛する者』が別人だということを悟られる訳にはいかなかったのよ」 「……では、『王妃の最も愛する者』がお父様——この方なのですね」 「……ええ、そうね。私がこの城に嫁いできた時からずっと」  王妃は瞼を閉じる。政略結婚のために嫁いできた時、王妃は目の前の娘よりも幼かった。既に初老を過ぎていた王は、少女にはひどく恐ろしく醜く見えた。  老いは死の兄弟である。瑞々しい生命力に溢れた若木にとって、枯れ木はいずれ訪れる死の象徴であった。  恐ろしさに耐えかね逃げ出した庭で、少女を見つけ出したのが若かりし頃の騎士である。貴族の嫡男として生まれたものの、家を継ぐことのない者は騎士となる。家督は長男に受け継がれるからだ。騎士には姉妹も多く居た。当然その多くが政略結婚の駒となる。  騎士は少女に説く。結婚生活を耐えるために姉たちが読んでいた騎士物語を。その行為が少女に淡い恋心を抱かせていると知ってか知らずか——。  王妃は瞼を開けた。目の前の娘はあの頃の自分によく似ている。与えられるものを当然のものと考えている目。与えられている癖に奪われるばかりだと被害者ぶる目。大人になった今、それが子供の特権であったことを既に知っている。
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