臓物に囚われる

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 階段がある筈の場所にあったのは、赤い鳥居だった。 「こんなの、あったっけ」  ホームの端に赤い鳥居。帰省の暇さえなかった三年いや、大学時代を含めて七年の間に、この駅で特別なことでもあったのか。両親と時々交わしていた電話では、そんな話など聞いた憶えがなかった。  何の変哲もない、こぶりな鳥居だ。むしろ旅好き神社好きの人が「ホームに鳥居なんてレア」などと、好んで写真を撮りに来そうな佇まい。階段がなければ線路に降りられないと分かってはいたけれど、ついかさぶたを剝がしてしまうような痛痒い衝動に駆られて、僕は鳥居をくぐった。  ザザザ──目の前が、テレビのブロックノイズのように揺れた。実家のテレビが、電波不足のせいでたまにこうなっていたのを思い出す。アンテナを変えたら起こらなくなったので、久しく忘れていた現象だ。 「え」  呟くと同時にブロックノイズは消えた。足元には階段。慌てて振り返ればくぐった筈の鳥居はどこにもなく、僕の知っている駅に戻っていた。  ああなるほど、これも幻覚だ。僕は正真正銘心を病んでいる。疲れているのだ。会社を辞めて正解だった。都会を離れ、ここへ戻ろう。  あの子のことはもう過ぎた思い出だ。僕はゆっくりと無人の改札を出た。 「祐樹兄ちゃん! 帰ってくるなら連絡してよ!」  どうして。どうして七緒がここにいる。僕を慕ってよく後を追いかけて来た、弟のような七緒。あの子が、改札の向こうで手を振って笑っていた。 「……七緒?」 「祐兄痩せた? ちゃんと食べてた? カップラーメンばっかりだったんじゃないの?」  七緒は屈託のない笑顔で、僕を見上げていた。七緒の臓物は、少しずつ青紫の空に瞬き始めた星たちよりも綺麗だった。こんな信じられない状況の中で、七緒の臓物に心を奪われている自分がいるのが不思議だった。 「お帰り。祐兄」  七緒は、一昨年死んでいる。 「ねえ祐兄、憶えてる? 毎年行ってた夏祭り」  僕は七緒と並んで、人通りのない寂れた商店街を歩いていた。いわゆるシャッター商店街。跡を継ぐ人がいなくて、最後の店舗も今年の初めに閉店したという。  色褪せたポスターが剝がれかけて、生ぬるい風にはためいていた。日付をちらりと見遣れば、それはずいぶん前に廃止された夏祭りの宣伝ポスターだった。 「……ああ、もちろんさ」  昔、どうしても僕とお祭りに行きたいという七緒を連れて、屋台が立ち並ぶ夏祭りに出掛けたのが、記憶の最初だ。たしか僕が小学生の頃だった。 「ゆうにい、おてていたいよ」  迷子にならないようにと責任感と緊張のあまり、七緒の小さな手を力一杯握ってしまっていたのを思い出す。 「今夜もあるんだよ、神社の夏祭り。一緒に行こうよ」
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