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僕が高校を卒業して七緒の前から逃げるようにいなくなった時、七緒はまだ中学生だった。
最後の記憶よりだいぶ大人びた七緒が隣を歩いている。この七緒は、十八くらいになるのか。
「夏祭りか。いいな、行こうか」
「やった!」
七緒はぴょんと飛び跳ねると、僕の腕へ抱きついてきた。どきりとする。
成人することなく死んだ七緒。そのみずみずしい臓物。柔らかい肌。甘やかな汗の匂い。七緒と過ごした懐かしい思い出、夏祭りの夜、幼く残酷な劣情。
そんなものが、一気に記憶の波となって押し寄せてきた。
「荷物を家へ置いたら、七緒を迎えに行くよ」
「うん。待ってる」
七緒の家は、僕の家の裏手にあった。狭い私道を横へ入った奥。その手前で、僕と七緒は一旦別れる。
「あ、そうだ。あれ持って来て、祐兄の甚平。あれ着たい」
「ああ。多分部屋の押し入れにあると思う。持って行くよ」
「楽しみ。じゃあすぐに来てね!」
七緒は笑顔を弾けさせ、大きく手を振って私道を入っていく。深く考えるのは止めることにした。あれは間違いなく七緒だ。
そう自分に言い聞かせながら、実家の引き戸に手を掛けた。
「ただいま」
事情は話してあるので、親は何も言わない。形ばかりのお土産を手渡すと、僕はすぐに自室のドアを閉めた。
それはじくじくと膿んで、いつまでも治らない思い出だった。
七緒は別の町から引っ越してきた子供だった。未婚の母親が育児ノイローゼになり、まだ幼かった七緒とその姉を道連れに心中を図った。
かろうじて生き残った七緒は、唯一の肉親である祖父に引き取られたのだ。
七緒の祖父は気難しく、うちの町内では人嫌いで有名な老人だった。事情も相まって近寄る人はほとんどおらず、七緒はいつも一人で遊んでいた。私道の奥まったところでひっそりと。
いつ見かけても、可愛らしい人形のような顔を泥だらけにして一人遊びをしていたので、ついに僕は声を掛けた。
それからというもの、七緒は小学校から帰る僕のことを待つようになった。
黒く濡れたつぶらな瞳、ふっくらとしたピンクの唇、ふわふわの髪の毛。可愛らしい七緒に懐かれて悪い気はしない。
七緒を連れて、裏山の神社で日が暮れるまで遊んだ毎日。夏祭りと正月以外滅多に人の来ない神社は、二人の秘密基地だった。
そんな秘密の共有が、僕の優越感とリビドーを育てたのだと思う。
七緒の手を初めて引いたあの時から、毎年七緒と夏祭りに行くのが約束になっていた。
僕が高校三年生の時のこと。屋台の提灯や祭囃子、人いきれ……、僕らは喧騒から逃れるように神社の裏手へ回った。
誰からも忘れ去られたような小さな倉庫の陰で、僕は七緒に伝えたのだ。ここから近い大学へ行くか遠いところへ行くかで迷っている、と。
「嫌だ。祐兄、遠くへ行かないで」
僕が貸してあげた甚平の袖で健気に涙を拭う七緒に、何かが弾けた。
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