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──思いきり七緒を抱きしめていた。
僕の腕の中で「一人にしないで」と小さく身体を震わせ、つぶらな瞳を潤ませる七緒。そんな七緒の唇をむさぼるように吸った。
「ゆうにい……」
「七緒」
「ゆうにい、もっと」
思春期を迎えたばかりの少年が、唇をねだってくる。僕の頭の中は、甘い毒で犯されたようになった。僕が七緒を置いて行くかもしれないという一言が、七緒を目覚めさせてしまったのかもしれない。いいや、僕はそうなることを期待していたのだ。期待して、わざと進路の話をした。
好きにすればいいと七緒が嗤ったように思え、僕はその言葉に従った。
今思えば、その時僕の身体は、七緒の毒ですでに満たされていた。最後の一滴が均衡を崩したのだ。
押し入れから甚平を引っ張り出し、七緒の家へと向かう。
親から電話で聞いたところによれば、一昨年死んだ七緒を追うかのように去年祖父も亡くなり、相続を放棄された家は更地になった筈だった。
私道を歩いた先に、懐かしい七緒の家が見えてきた。玄関先で七緒は、大きく手を振って僕を呼んでいる。
その透き通った臓物は、僕にある決心を起こさせた。
「あ、祐兄、来た来た。ねえ、もうすぐお祭り始まっちゃうよ?」
「ごめん、押し入れの奥に仕舞い込んでいた」
「僕の部屋へ来て」
「うん。お邪魔します」
夏なのにひんやりとした空気が流れている。仏間を通り、久しぶりに七緒の部屋へと足を踏み入れた。僕が昔あげたおまけのシールや、二人で一緒に描いた絵が、壁に貼られたままだ。
「懐かしいな」
「でしょ? 祐兄はお菓子を食べないでシールばっかり集めてて、おばさんによく怒られてたよね」
「そうだったっけ」
「余ったお菓子や、だぶったシールを僕にくれたんだよ」
「なんだかごめんな」
「ううん、僕は嬉しかったの」
──ねえ。甚平の着方が分からないから、祐兄が着せて?
柔肌の下に透けて見える七緒の臓物。その美しい臓物は、死んでもなお僕を虜にする。僕は七緒の着ているシャツのボタンを一つずつ外し、脱がせた。
「ごめんな、七緒。逃げてごめん」
「ゆう、に」
甚平を着せるためではない。七緒に赦してもらうために、僕はその臓物に触れようとしている。
進路の話をしてからというもの、七緒はこの部屋に僕を誘っては接触を強請るようになり、それは次第にエスカレートしていった。
そう仕向けたのは僕なのに、僕は一線を越えることを躊躇い、のらりくらりとかわし続けた。僕は七緒から逃げたのだ。
七緒の最後の表情は知らない。僕がこの町を離れ遠くの大学へ進学して以来、七緒と会うことは一度もなかったからだ。
大学生活と就職活動に追われる中、七緒が大きな街へ出掛けては夜遊びをしているという話をちらりと聞いたが、それすらも記憶の隅に追いやってしまうほどに、僕は僕自身のことで精いっぱいになっていた。
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