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すっかり暗くなった窓の外では、夜にもかかわらず茹だるような蝉の声がしている。
微かに祭囃子の音が混じっているのに気が付いた。もう神社で夏祭りが行われることはないというのに。
「祐兄」
僕の出したもので脚の間を白く濁らせたまま、七緒が笑った。
「どうした? 七緒」
「僕さ、祐兄の甚平を着て、また一緒にお祭りへ行きたかったんだ」
身体を起こしながらそう言う七緒に、僕は脱がせた甚平を着せ掛けた。
「もちろんさ。これから毎年行こう。もう七緒のそばを離れないから。ずっと一緒だ」
「本当? 嬉しいな……あれ、祐兄? どうしたの、泣いてるの?」
「うん……うん」
「泣かないで」
「……うん」
「僕よりも大人なのに、おかしいなぁ祐兄は」
「うん……そうだな」
──そうだな。口に出した言葉は、誰もいないホームから夕間暮れの空へと吸い込まれた。僕は、鳥居の前で小さな子供のように身体を丸めて泣いていたのだ。
幻覚は、終わったようだった。
ゆっくりと立ち上がり、重石のついたような身体を引きずるようにして鳥居をくぐれば、ザザザと目の前がテレビのブロックノイズのように揺れた。
野ざらし無人駅に降り立っている。夕刻を過ぎ、陽が山の向こうへ落ちていこうとしていた。
こんな時間に駅を利用する物好きなんて、僕くらいしかいないだろうと思っていたら、高校生らしき子が一人と、仕事の道具を背負った中年男性が一人、電車からホームへ降りて来た。
電車は僕らをホームに下ろし終えると、ぼやけた警告音を鳴らして次の駅へと向かって行った。
ホーム端の小さな階段を下りて線路を突っ切り、駅員のいない改札口の回収箱に切符を入れた。高校生と中年男性を先に行かせ、彼らの背中を見ながら駅をあとにする。
わずかに透けて見える彼らの臓物は、七緒を救えた証か、それとも僕への復讐の残り火か。
ふふ、と僕は小さく笑う。心配しないでいいよ。僕は七緒と一緒に、この月蔵で生きていくことに決めたから。
「嬉しいな、祐兄」
終
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