気が合わない許嫁同士だったはずなのに 後編

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気が合わない許嫁同士だったはずなのに 後編

「おわあああぁあっ!? ま、魔女! ほ、本物の魔女だぁ!!」 ニコルは魔女? を右手で指差し、大声で喚き立てる。そして私は何故か彼の左腕にしっかり抱きしめられている。 え? 一体これはどういう状況なのだろう? まさか私を魔女から守ろうと……? いや、違う。ニコルの身体はブルブル小刻みに震えている。恐らく恐怖のために私を抱きしめているのだろう。 「全く大の男が一体何なのよ。魔女だとか騒いで指さして……失礼でしょう」 情けない男だ。 ため息を付きながら、ニコルの身体を押して離れると私は謝罪した。 「どうもすみません。彼が失礼な態度を取ってしまって」 「ホッホッホッ。いえ、大丈夫ですよ、いつものことですから。大体のお客様は皆私を見て驚くのですから。私はこの『魔女の店』の店長です」 「だ、だって……その外見は何処から見ても……」 ドスッ! 私はニコルの足を踏みつけてやった。 「痛ってー!! お、お前……い、一体何すんだよ!」 涙目で文句を言ってくるニコルを無視し、私は笑顔で店長に話しかけた。 「それにしても『魔女の店』なんて素敵ですね。売ってる品物も何だか独特ですし……何かお勧めの品物ってありますか?」 「ええ、そうですねぇ……お嬢さんにピッタリの品物は……」 店長は私をじっと見つめると、次にニコルに視線を移した。 「お客様、お嬢さんにピッタリの品物を探しに行くのでここでお待ち下さい」 「え? だったら俺も……」 「いいえ! ここは『魔女の店』。お客様のご希望にそった品物はお買い上げになる方のみにしか明かせないルールなのですよ。もしこのルールを破れば……」 店長は怪しい光を帯びた目でニコルを見る。 「わ、分かった……い、いえ。分かりました。ほ、ほらアメリア。行って来いよ。俺はここで待ってるからさ。うわ〜どれも良く見たら素晴らしい品じゃないか……ハハハハ……」 ニコルは乾いた笑い声でさりげなく木の小箱を手に取った。 「そう? それじゃちょっと行って来るわね」 「ああ、行ってこいよ。ゆっくり待ってるからさ〜」 こうして私はニコルに見送られ、店長に連れられて店内の奥に案内された―― ** 「どうです? お嬢さん。今のお嬢さんにはこの薬が必要だと思うのですが」 店長は私に小さな小瓶を渡してきた。中には水のような液体が入っている。 「え? 薬ですか? でも私薬は別に必要ありませんけど?」 まさか予想外の物を勧められて戸惑う私。 「お客さん……実は、こう見えて、私は本物の魔女の末裔なのですよ」 「え!? 本当ですか?」 いや、別にどこからどう見ても魔女にしか見えないのだが、その場のノリでなんとなく驚いてしまった。 「ええ。そしてこれは魔女の秘薬。この薬を飲んで、相手をじ〜っと見つめれば、その人物の考えている心の声が聞こえてくるのですよ。今、お嬢さんが一番欲しい品物ではありませんか?」 まるで私の心を見透かすかのようにじっと見つめてくる店長。 「ほ、本当ですか……?」 もし、この薬を飲んで……ニコルの本心を知ることが出来たら…… 「く、ください!! おいくらですか!!」 気づけば私は瓶を握りしめていた―― **** 「お待たせ、ニコル」 「あれ? もう終わったのか?」 店長とニコルの元へ戻ってみると、彼は黒いとんがり帽子を被ろうとしていた。 「おや? お客さんはその帽子が気に入ったのですかな?」 ニタァッと不気味? に笑う店長。 「い、い、いや! ち、違いますよ! それで? アメリア。お前、欲しい品物買えたのか?」 「ええ、ばっちりよ」 ショルダーバッグの中には例の薬の小瓶がしっかり入っている。 「ふ〜ん……そうか……あ、あの……俺にも品物を見繕ってくれませんか?」 「え!?」 ニコルの言葉に驚いて声が出てしまった。 「嘘! ニコルが!?」 「あ、ああ。この店の品物見ていたら……何だかどれも神秘的に思えてきたんだよ。だ、だから……」 「ええ、いいでしょう。では奥のカウンターへ行きましょうか?」 店長の言葉に黙ってコクリと頷くニコル。 こうして、今度は入れ替わりでニコルが店長と共に店の奥へと姿を消した―― 「へ〜このポプリは見たい夢を見せてくれるのね」 サシェに入ったポプリを手にしていると、店の奥からニコルと店長が戻ってくる姿が見えた。 「お帰りなさい、ニコル。品物は買えたの?」 「あ、ああ。勿論! よし、そろそろ時間だ。……帰るか」 確かに店内の時計を見ると時刻は17時半を少し過ぎていた。 「ええ、そうね」 「まいどありがとうございました」 私の言葉に店長は笑顔で頭を下げてきた―― **** 「ねぇ、ニコル」 店を出て、辻馬車乗り場に向かいながら隣を歩くニコルに声を掛けた。 「何だよ」 「ニコルは何を買ったの?」 「はぁ? 言えるはず無いだろう? 大体あの魔女に何を買ったか人に言うなって口止めされてるじゃないか」 「まぁ、そうだけど……」 「それじゃ、お前は何を買ったんだよ」 「い、言わないわよ!」 まさかニコルの心を知るための薬を買ったなんて言えるはず無い」 「ほらみろ。お前だって言えないんだろう。それより急ぐぞ」 ニコルが私の右手を握りしめると、歩く速度を早めた。 ……ニコルの馬鹿。こういう態度を取られるから、私はいつまでも勘違いしてしまうんじゃないの…… でも、それも今日で終わる。 何故なら私は既に例の薬を飲んでいるからだ―― **** ガラガラガラガラ…… 私とニコルは向かい合わせで辻馬車に座っていた。そしてそのニコルは何故か私と視線を合わそうとせず、窓の外を眺めている。 そのくせ、チラチラと私の様子を伺っているのが気に入らない。 一体何なのよ……。 でも、ニコルが視線をあわせてくれないことには始まらない。何しろこの薬は相手の目を見てからではないと効果を発揮しないと教えられたからだ。 「ねぇ、ニコル」 思いきってニコルに声を掛けた。 「何だよ?」 私に視線を向けるニコル。いまだ! ニコルが私をどう思っているか、その心が知りたい――! 心の中で必死に祈る。 一方のニコルも真剣な表情で私を見つめる。 「「……」」 どれくらい見つめていただろうか? 一向にニコルの心の声が聞こえてこない。 もしかして何か会話が始まらないと効果がでないのだろうか? 「「あの」」 何故か同時に声が揃う。 「「あ……」」 「な、何だよ。アメリア」 「ニコルこそ何よ」 「話があるんだろ? 聞いてやるよ」 どこまでも上から目線なニコルにカチンと来る。 「ニコルから言いなさいよ」 「わ、分かったよ……どうだった? 今日は。お前にとっては憂鬱な日だったかもしれないが」 またしてもイラッとする台詞を言うニコル。 「そういうニコルこそ、いやいや私と付き合ってどうだった?」 「誰がいやいやだって?」 ニコルがジロリと睨みつけてくる。 「べっつに〜なんとなく?」 おかしい……ちっとも心の声が聞こえてこない。一体どうなっているのだろう? すると…… 「何だ? あの魔女……やっぱりインチキだったのか? ちっとも聞こえてこないじゃないか」 ニコルは小声で言ったかもしれないが、私の耳にはバッチリ聞こえてしまった。 「え? ちょっと待って。ニコル、今何て言ったの?」 まさか……ひょっとして……? 「な、何だよ。聞こえてたのか!? ただの独り言だよ!」 妙に顔を赤くして視線をそらすニコルに思い切って私は尋ねることにした。 「ねぇ……もしかしてニコル……あの店で薬を買ったんじゃないの?」 「え?」 その言葉にニコルは振り向く。 「それも、ひょっとして……相手の心の中を知ることが出来る薬……とか?」 「ええ!! お、おま……な、何故それを……あ! ま、まさか……?」 ニコルの顔に驚愕の表情が浮かび……次に何かを悟ったかのように私に尋ねてきた。 「お前もひょっとして……同じ薬を買ったんじゃないか?」 「そ、そうよ……な、なにか文句ある?」 もうこうなったら開き直るしか無い。 「ひょっとして、俺の心の中を知りたいと思ったのか?」 「……」 私は黙っていたが、自分でも顔が赤いのは自覚していた。すると…… 「俺は、お前の心の中が知りたくて、薬を買った」 「え!?」 思わずニコルを見る。 「会えば、いつも喧嘩ばかりで……本当は俺のこと、お前は嫌いなんじゃないかと思っていつも不安だったんだよ。素直になれればいいのに……何しろ5歳からお前を知ってるから、自分の気持ちを正直に明かせなくて……」 ぽつりぽつりと語るニコル。 「え……そ、それじゃ……」 するとニコルは私右手を両手で強く握りしめてきた。 「もうこうなったら、正直に言う。アメリア、俺はお前のことが初めて会ったときから好きだった。正式に……婚約してくれないか?」 ニコルは今までに無いくらい、熱のこもった目で私を見つめてくる。 勿論、私の返事は決まっている。 「え、ええ。もちろん。私もニコルのことが……ん!」 次の瞬間、私の言葉はニコルの唇によって塞がれる。 出会って初めて、私とニコルはこの日初めてキスをした―― そして、私の屋敷に到着すると早速ニコルと二人で両親に正式に婚約したいと私達は願い出た。 勿論、両家が大喜びしたのは言うまでもない―― ****  私とニコルが婚約して丁度一ヶ月が経過したていた。私達の中はすっかり恋人同士として周知されていた。  いつものように二人で手を繋いで町中でデートを楽しんでいると、不意にニコルが足を止めた。 「あ……」 「どうしたの? ニコル」 「いや、この店……」 「え? お店……あ! これは『魔女の店』だった場所じゃない」 「ああ。そうなんだけど……花屋になってるな」 そう、あの店はいつの間にか花屋になっていたのだ。 「大方流行らなくて、潰れたんじゃないか〜。インチキ商品ばかり売ってたからな。ちょっと中へ入って前の店のことを聞いてみようぜ」 ニコルがニヤリと笑う。 「え? でも聞いて分かるかしら……?」 「まぁいいからいいから」 ニコルに手を引かれて、私達は店内へ足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ」 お店の店員はまだ若そうな女性だった。店内には色とりどりの花が売られており、得も言われぬ良い香りが漂っている。 「すみません。少し聞きたいのですが、先月までここにあった『魔女の店』のこと、何かしりませんか?」 ニコルの言葉に女性店員は怪訝そうに首を傾げる。 「え……? 何を仰っているのでしょう? 三年前からここは花屋ですけど?」 「「え?」」 今度は私達が怪訝な顔を浮かべる番だった―― **** 「ありがとうございましたー」 店を出た私の手には綺麗なバラの花束が握りしめられている。これはたった今ニコルが買ってプレゼントしてくれた花束だ。 「一体どういうことなんだ……?」 「本当。不思議よね……確かにここは『魔女の店』だったはずなのに……」 「まさか二人して白昼夢を見たのか?」 「だけど、私の部屋にはまだあのときの小瓶が飾ってあるわよ」 何しろあの瓶の薬がきっかけで今の私達があるのだから。 「まぁ……別にいいか。あの店のお陰で今、俺たちはこうしていられるんだからな」 ニコルが優しげな笑みを浮かべる。 「ええ」 「よし、それじゃ例のパンケーキの店に行くか。今日も予約してあるから確実に中へ入れるぞ?」 「フフ、楽しみだわ」 こうして私達は腕を組むと、再び歩き出した。 そう、あの店が二人同時に見た幻でも構わない。 だって、その御蔭で私とニコルの心は通じ合ったのだから―― <完>
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