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「その通り。人間じゃない。妖怪だ」
くっくっと狐面の下で笑う、着物姿の長身の男。一枚歯の下駄を履いて、何もない空中を階段を降りるように一歩一歩踏みしめて地上に近づいてくる。
ヤバいヤバいヤバい!! マジの妖怪のテリトリーなんじゃん!!
波鶴ちゃんはおれの腕を優しく振りほどくと、おれと両親の3人を庇うように男の前に立った。その姿を見て、男はまたふふんと笑う。
「なあ。ずいぶん人間サマに都合のいい『整理』をしてくれたな?」
地上に降り立った男がぴんと人差し指を立てた瞬間。その指先、そして男の全身が張り詰めた。
真っ青な爆炎が噴出する。男の顔を覆い隠して、森の木々の梢まで達するほどの。
「ほう」
「は……波鶴ちゃん!?」
なんでちょっと楽しそうなの!?
「葉介。ご両親を連れて戻れ。私は少し話をする」
「も……戻らないよおれは! 波鶴ちゃんが残るなら夫として……」
「絶対に敵わない相手からは?」
「……はい。逃げ出します」
「はー? 何その言い方。お前は俺に勝てるとでも?」
狐面の男は、あからさまに不機嫌な声で波鶴ちゃんを見据えた。
「どうだろうな? お前が何者なのか知りたい。私は好奇心が強いんだ」
「んー。違うだろ。ほんとは俺とやり合いたくてしょうがないんでしょー」
波鶴ちゃんは返事はしない。でもその目は爛々と輝いて、強い相手を目前に昂ってるのがはっきり見て取れた。
わー、おれの旦那さま、戦闘狂だったわー。うん。イケてるね!
「人間に都合のいい整理? お前が蒔いた種の後始末をしただけだ」
「チッ……。そーやってすぐ人間サマはおれの領域を侵害してくる」
「ここは元々公道だ。個人の領域ではない。公共建築に呪いをかけるのは明白に違法だ」
「おれはそんな人間サマのルールで生きてないんで」
平坦な口調で話す波鶴ちゃんと、バカにしたようなねちっこいしゃべり方の男。
「妖を自称するのは勝手だが」
「は!? 自称じゃねーし!!」
男が急に声を荒げた。その声に、うっすらと焦りがにじんでいるように、おれには聞こえた。波鶴ちゃんは男の抗議に構わず話を続ける。
「肝試しに集まる若造に近隣の方々が迷惑している。百歩譲って呪い自体は見逃すとして、若造の『整理』はお前の仕事だろう」
「確かにねー! イベントの客を捌くのは主催者の責任だし!」
おれもデカい声で口を挟む。波鶴ちゃんの口論を応援しないと!
「あ、そうなの? 知らんかった。じゃあ肝試し客の『整理』はしとくね」
あれ? 素直に受け入れた。応援してよかったー!
「くれぐれも穏便にな」
「んー? 保証はしかねる」
狐面の奥で男はくつくつと笑う。
「ははあ。騒ぎが大きくなるようなら私から県警に圧をかけるから、そのつもりで」
「ふふん。おれとお巡りサン、どっちが強いと思う?」
男の舐めた口調にも波鶴ちゃんは余裕の表情で、薄く口角を上げた。
「私が検分し、呪いをかけた者も特定した、と報告を上げればそれなりの術使いが動く。粗相のないように」
ひと言ずつ噛み締めて聞かせるような「粗相のないように」。おれのアモーレの圧がすごいよー!!
「ハァ!? お前、なんの仕事してんの!?」
男は明らかに狼狽えた。こいつ、ほんとに妖怪コスプレしてるだけの人間なんじゃ……?
「私の仕事? さあな」
波鶴ちゃんは薄い笑みを崩さないまま、ここで一件落着かと思われたんだけど……。
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