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「ふーん。オシゴトはわかんないけど。お前も妖怪のにおいがするね」
狐面の奥で、男はくつくつと笑う。隠された目は、きっとからかうように細められて波鶴ちゃんを見つめている。その言葉に、波鶴ちゃんの表情が動揺で波立った。
「……は? 妖はいない。お前も元は普通の人間のはずだ」
「いかにも半妖っぽいねー。父親? 母親かな?」
「は? 話を聞け」
波鶴ちゃんの声がオクターブも低くなる。地鳴りのような、本気で相手を威圧するときの声。
「術の才能がありすぎて怖くなったことは?」
「才能はある」
「怖くなったことは?」
波鶴ちゃんの瞳がさっと翳った。夕立の前兆みたいに。
待って!! 待って!? 波鶴ちゃんの出生の秘密の話をしてる!? 波鶴ちゃんって、妖怪の血が入ってるとかいう話なの〜!?
「母親の血かな……。女の妖怪のにおいって感じ」
「両親はただの貧農だ」
「ほんとは気づいてるんでしょ。だから『妖はいない』って言って安心したいんでしょー」
男はケラケラと笑う。人を小馬鹿にするのが上手い奴め……!!
波鶴ちゃんはスッと目を細めた。その表情は、もう動揺を見せない。人間というより人形のような、平坦な「無」の表情。
「お前こそ、元は人間だろう。自分の過去に蓋をしたのか? その蓋をこじ開けられるのを、深層心理で恐れているんじゃないか? 私のような、強力な術使いによって」
狐面の男は、くっと顎を引いた。表情は見えないけど、歯を食いしばったみたいに。
「ああ。術を使うなよ。宣戦布告とみなすぞ」
「……俺的にはとっくに火蓋は切って落とされてますけどー?」
ヤバいヤバい!! マジのバトルじゃん!! 波鶴ちゃんが勝てるのかおれにはよくわかんない!!
嫌だよー!! 新婚初日で旦那さまを……。
嫌な想像が脳裏を駆け巡る。1年かけて関係を紡いで、ようやくおれの旦那さまになってくれた波鶴ちゃんが……!!
「ははあ。だが悪いな」
波鶴ちゃんの声は呑気で、バチバチの雰囲気を完全に無視している。
「ハァ!?」
勢いを削がれた狐面野郎はイラッとした声で叫ぶ。
「今日は狼藉は控えたい。入籍したばかりの最愛の夫と、そのご両親がおられるのだから」
波鶴ちゃんー!! 思いとどまってくれてありがとう!! 愛してるよ!!
「あ。結婚したの」
「ああ。今日の午後に」
「へー。おめでとー」
「ああ。ありがとう」
「え?? お前、結婚初日で旦那と義両親の前でおれと小競り合いしてんの!? お前……バカでしょ!!」
こいつ……波鶴ちゃんをバカ呼ばわりしやがった!! 許せん!!
「波鶴ちゃんはバカじゃない! 天然でポンコツなだけ!」
デカい声で抗議する。天然でポンコツだからバカに見られがちな愛しのアモーレを、これからはおれが庇っていかなきゃ!!
「そうだ。私は天然でポンコツなだけでバカではない」
「つ……疲れる……。お前がこいつの旦那なの!?」
ビシッと指を差される。失礼だよぉ〜?
「でお前らがこいつの義理の両親なの!?」
親二人にもビシッと指を差す狐面野郎。人間のマナーには詳しくないらしい。
「こんな……こんな戦闘に前のめりな男が義理の息子でいいの!?」
「そんなそんな、波鶴拉さんは素敵よねぇ」
「なあ。葉介がしっかりした方と結ばれて、やっと肩の荷が下りたよな」
わー。波鶴ちゃんがすんなり実家に溶け込んで、マジで嬉しい!!
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