死神だったかもしれない私

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死神だったかもしれない私

 葬儀社の事務員だった頃の話だ。その日、サテライトの建物では施行の予定がなく、私はひとりきりで待機していた。  よく晴れていたので、外に出て、植え込みに水をやっていた。そこへ見知らぬおばあさんが近づいてきた。ホースの先のささやかな虹越しに、「精が出るわねぇ」と声をかけられる。 「あら、ごめんなさいね。お散歩がてら、なんとなく足が向いただけで、用があって来たわけじゃないの。うちの主人はまだピンピンしてるもの」  声は小さいが、穏やかで優しそうな人だった。施設見学などもできると案内したが、やんわりと断られた。互いに立ったまま、他愛もないやりとりをした後、おばあさんはニコニコとして帰っていった。  二日後、そのおばあさんは喪主になった。通夜に向けて事務作業をしていると、嬉しげな驚きを隠しもしない支店長がやってきた。 「やあ、聞いたよ。ここのおばあさん、突然の不幸だったんでパニックになりかけたけど、こないだ君と世間話をしたのをふっと思い出して、それでうちに電話してくれたんだって。もう鳥肌立っちゃった。営業の男連中じゃない、事務の女の子が仕事取ってくるだなんて、俺初めて聞いたよ。偉い、偉い」  告別式が済んだ。いつも通り、火葬場に向かう霊柩車を見送るべく、姿勢を正して植え込みの前に立った。そんな私に、白木の位牌を抱えたおばあさんが呆然と歩み寄ってきた。 「ねえ、あなた……。うちの主人は本当に元気だったのよ。どうしてこうなったのか、いまだにちっともわからないの。だけど、私が……私があの日、なぜだかわからないけど急に、葬儀屋に行こうと思ったから。そしたらあなたが水を撒いていて、なんだか無性に声をかけたくなって……その通りにしてしまったから。……そういうことなんじゃないかって、思うのよ」  私を見上げ、強く押し開いた瞼の中の、乾いた瞳がやけに大きくて黒かった。尖った口の先でぼそぼそと告げ終えると、痩せた背中の力を失くし、ゆっくりと霊柩車に乗り込んでいった。  よく晴れた日だった。
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