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4.ユエの『命』
(もう里へ帰ろうかな。バイも見つからないし)
俺は欄干にもたれて離宮の庭を見ていた。
都に漂う空気が、少しずつ少しずつ変わっていく。明らかに邪気が増えた。俺の力位では小さなものしか祓えない。都の様子は悪化するばかりで、見回りはしても、どうしたらいいのかはわからない。
「澄王様……」
美しい公子の顔が浮かんで、ドクンと胸が高鳴った。口づけを交わした後、俺は眠ってしまって、目覚めた時には寝台の中だった。もちろん公子の姿はない。あんな風に眠くなったのは、バイと一緒にいた時以来だ。
(あの時、どんなつもりで口づけをしたのだろう。単に慰めるためだったのだろうか)
尊い方々の考えることはよくわからない。口づけは愛情表現だと思っていたけれど、只人の俺たちとは違うのだろう。
空を見れば曇天で雲が厚い。実りの季節のはずなのに、今年は晴天の日が少なかった。先日も時ならぬ豪雨が起こり、収穫を目前にして作物が流されたばかりだ。人々の嘆きの声が響き、やり場のない怒りは、はけ口を求めていく。ふわりと風が吹いた。
――守護ノ足リヌ帝ノセイダ。
「言霊!」
穢れを含んだ言霊が風に乗って流れていく。ぞっとするような怨嗟が籠もっていた。
体が震えた。あんなものが都に吹けば、邪鬼の思うがままだ。人の心はますます荒んでいく。
(……巫婆様に相談してみよう)
背筋を伸ばそうとした時だった。
後ろから腕を掴まれ、口に布を当てられる。強い花の香りがして、これは人の意識を失わせるものだと気がつく。目の前が霞んで、体から一気に力が抜けた。
――……ざわざわと、人の意識が混ざっている。怪しむもの、興味を示すもの、恐れるもの。
低く重い声が響く。
「その者……か?」
「御意に……ます。離宮は……なかなか……、時間が……ました」
「何度……ても、朕の……であった。……目覚めさせよ!」
いきなり体を両脇から掴まれ、揺すられた。頭が重くて、目を開けることができない。両頬を打たれ、痛みに涙がにじむ。
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