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「控えよ、御前であるぞ! お見苦しいところを……。薬が強すぎたようにございます」
「……穢れを祓わせよ。何としても太子の命を救うのだ」
「御意!」
引きずられるようにして、別室に連れていかれる。ふらふらしながらも、前に進むことは出来た。聞いたばかりの言葉が耳の奥に響く。
(確かに太子って言った。あの時、珠を持って行った……)
広い部屋の中に、天蓋つきの寝台がある。枕元にいる女性が、震えながらこちらを見ていた。豪奢な装束を見れば、身分が高いことが一目でわかった。
「其方が巫者か! 吾子を、……太子を!」
すぐ近くまで行くと、確かに珠を持って行った東宮だった。傍らの女性は目に涙を浮かべながら、小さな手を握りしめている。母后なのだろう。東宮は、無事に珠を渡すことが出来たのだ。だが、今度はその小さな体が穢れに蝕まれている。息が浅く、土気色の顔をしている。
「……恐れながら、この部屋から皆、出て行ってほしいのです。邪を祓う時に、他の方に移っては困ります」
「無礼な! 太子の元を離れることなどできぬ」
「せっかく、東宮様が持ち帰られた珠で救われたお命です。どうか、暫しお待ちになってください」
はっとしたように母后は立ち上がり、部屋にいた人々は揃って出て行った。
あどけない顔が苦し気に息をついているのを見て、俺は東宮の額に指を置いた。一気に視界が暗くなり、何一つ光が見えなくなる。
――――押しつぶされるように、澱んだ重い闇があった。
浮かび上がるのは、大きな口と棘のような体。
闇の中にぽっかりと浮かび上がって、どんどん近づいてくる。あれは恐ろしいもの。穢れが形を得たもの。禍を呼ぶもの。
――邪神!!
背中に這い上ってくるのは恐れだ。
(怖い、怖い、怖い)
東宮の小さな体が、闇の中にひらりと浮かび上がる。邪神の大きな口が広がり、今にも飲み込もうとしている。自分如きが適う相手じゃない。この場から逃げ出してしまいたい。
『ユエ、ありがとう』
小さな白い手と、きらきらと輝く幼い瞳を思い出す。手の中の珠を大事に握りしめて走っていった東宮の姿が浮かんだ。
(……助けなきゃ)
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