4.ユエの『命』

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 指先から淡い光が零れ出し、暗闇の中で小さな白い珠を形作った。巨大な口に向かって珠を投げる。淡い光に一瞬、闇が揺らいで止まる。それでもまた、ゆっくりと闇が動き出す。とてもじゃないが、珠一つで東宮を助けることはできない。 (何度もやれば助けられるかもしれない。……もう一度)  指先から再び光を出した時、闇がこちらに向かって来た。 「ひっ!」  手足が闇に囚われようとしていた。大きく開かれた口の奥には、果てしない虚無がある。あれに喰われたら、自分も取り込まれて無になるのだろう。 (無になったら……、もう会えないんだ) 「……バイ。……澄王様」  呟いた瞬間、まるで闇を引き裂くように一閃が走った。  真っ白な光が見える。光の塊が闇の中で形を変え、見る間に大きな獣になる。闇を喰らい、辺りの煮詰めたように(こご)った闇を鋭い爪で引きちぎっていく。引きちぎられた闇の後に、清浄な光が広がる。 「……白虎」  棘だらけの邪神も姿を変えた。闇で出来た翼の生えた漆黒の虎に。  闇の虎は、瞬く間に倍ほども大きくなり、白虎の首に噛みついて引きちぎろうとする。白虎の中には、朧気に人の姿が浮かんだ。 (あれは、澄王様? どうして?)  闇で出来た虎の前脚からまるで剣のように長い爪が現れて、白虎に突き刺さった。悲鳴のような咆哮が聞こえる。公子の体が白虎の中で倒れるのが見えた。 「だめ! やめて!」  ――奉。  強く念じると、自分の胸に一つの文字が浮かび上がった。  これは、里で八の祥を授けられた時に、長が俺に渡した言葉だ。真っ白な紙に書かれていた、誰にも教えてはならない『命』。  俺の『命』は、自分の力を捧げること。全てを渡して、相手の力とすること。 (……全部あげる。俺の力を全部、白虎にあげる。だから、澄王様を助けて)  自分の力が手の中で大きな光の珠になり、真っ直ぐに白虎に向かっていく。珠が吸い込まれた瞬間、白虎の体が大きく光り、闇の虎を弾き飛ばした。  白虎の体は闇の虎よりも大きくなり、体を踏みつけ、漆黒の翼を爪で引きちぎった。大きく相手の喉笛を噛みちぎると、闇は大きく震え、散り散りになって消えた。  光り輝く白い虎がこちらに向かって走って来る。俺は、白い光の中に包まれた。
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