6.麒麟の宝 ※

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 今や、何の力もない自分が、白虎の背になど乗れるのだろうか?  心配になって公子を見れば笑いを堪えている。 「我の精を受けた其方は、只人の体とは違うぞ。案ずることはない」 「えっ?」  思わず目を瞠ると、公子が盛大に笑いながら抱きしめてきた。 「も、もう! からかわないで!」 「神は嘘をつかないぞ。可愛いユエ」 「知らない!」  逃げようと思っても、公子は自分の体をしっかり抱きしめて離さない。優しく口づけられれば、力が抜ける。ふざけているとばかり思った公子の言葉が本当だとわかったのは、それから少し後のことだ。  邪神たちはその後、四神によって地の底に封じられた。  白虎に力を奪われ、朱雀に焼かれ、青龍に呑まれ。玄武に引き裂かれた邪神たちは、再び闇の底に沈んだ。長い年月の間、悪しき神々は深き眠りにつくだろう。  多くの人々は戦う四神の姿を目にして慄き、地に伏して祈り続けた。東西南北の神よ、どうかこの地を護り給えと。  ――東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。王朝の始めより、四方に神奉りて守護と成せ。  都を覆っていた邪気が去り、大路を闊歩していた悪鬼たちの姿が消える。安堵の声が響いて、帝は神々に深く感謝を捧げた。  平穏を取り戻した都は、ようやく汚名を(そそ)ぎ『守護を賜りし都』と(たた)えられた。  俺は離宮に部屋を与えられたまま、都に留まることになった。公子の希望だけではない。皇后と東宮の邪気を祓った褒美として、宮廷内で巫者の待遇を受けることになったのだ。  水占いや穢れを祓うことも再び出来るようになったが、これは白虎の力によるものだった。 「ユエ!」 「東宮様」 「あの、美味しい菓子があるんだ。一緒に食べないか?」 「ありがとうございます、よろしいのですか?」 「うん! たくさんあるんだ」  自分の宮を抜け出して東宮は時折、離宮までやってくる。必ず何か手土産を持ってくるのがまた可愛らしい。二人で話すのを密かに楽しみにしている。 「ほう、菓子はたくさんあるんだな? ならば、相伴に(あず)かろう」 「えっ! 叔父上もいらしたんですか……?」 「何だ、太子。その嫌そうな顔は!」  土産を持って誘いに来るとは生意気だ、と公子は呟く。一体どこまで本気なのかわからない。  俺は池の端にある亭で食べようと二人に言った。あたたかな陽射しの中を渡る風は優しく、もう悪しき言霊が聞こえることもない。    公子が白狼を呼び出し、大喜びで東宮がその背に乗る。後を追って、公子と共に歩く。 「ねえ、澄王様。他の神様たちは天に昇ったり眠ったりするんでしょう? 澄王様はここにいてもいいの?」 「お前と共にいたいからな。白虎はいつの時代も、大切な者の側にいる」  公子の手が俺に向かって伸ばされる。俺はその温かい手を、強く強く握りしめた。         ―― 完 ―― 🌟お読みいただき、ありがとうございました!!
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