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今や、何の力もない自分が、白虎の背になど乗れるのだろうか?
心配になって公子を見れば笑いを堪えている。
「我の精を受けた其方は、只人の体とは違うぞ。案ずることはない」
「えっ?」
思わず目を瞠ると、公子が盛大に笑いながら抱きしめてきた。
「も、もう! からかわないで!」
「神は嘘をつかないぞ。可愛いユエ」
「知らない!」
逃げようと思っても、公子は自分の体をしっかり抱きしめて離さない。優しく口づけられれば、力が抜ける。ふざけているとばかり思った公子の言葉が本当だとわかったのは、それから少し後のことだ。
邪神たちはその後、四神によって地の底に封じられた。
白虎に力を奪われ、朱雀に焼かれ、青龍に呑まれ。玄武に引き裂かれた邪神たちは、再び闇の底に沈んだ。長い年月の間、悪しき神々は深き眠りにつくだろう。
多くの人々は戦う四神の姿を目にして慄き、地に伏して祈り続けた。東西南北の神よ、どうかこの地を護り給えと。
――東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。王朝の始めより、四方に神奉りて守護と成せ。
都を覆っていた邪気が去り、大路を闊歩していた悪鬼たちの姿が消える。安堵の声が響いて、帝は神々に深く感謝を捧げた。
平穏を取り戻した都は、ようやく汚名を雪ぎ『守護を賜りし都』と称えられた。
俺は離宮に部屋を与えられたまま、都に留まることになった。公子の希望だけではない。皇后と東宮の邪気を祓った褒美として、宮廷内で巫者の待遇を受けることになったのだ。
水占いや穢れを祓うことも再び出来るようになったが、これは白虎の力によるものだった。
「ユエ!」
「東宮様」
「あの、美味しい菓子があるんだ。一緒に食べないか?」
「ありがとうございます、よろしいのですか?」
「うん! たくさんあるんだ」
自分の宮を抜け出して東宮は時折、離宮までやってくる。必ず何か手土産を持ってくるのがまた可愛らしい。二人で話すのを密かに楽しみにしている。
「ほう、菓子はたくさんあるんだな? ならば、相伴に与かろう」
「えっ! 叔父上もいらしたんですか……?」
「何だ、太子。その嫌そうな顔は!」
土産を持って誘いに来るとは生意気だ、と公子は呟く。一体どこまで本気なのかわからない。
俺は池の端にある亭で食べようと二人に言った。あたたかな陽射しの中を渡る風は優しく、もう悪しき言霊が聞こえることもない。
公子が白狼を呼び出し、大喜びで東宮がその背に乗る。後を追って、公子と共に歩く。
「ねえ、澄王様。他の神様たちは天に昇ったり眠ったりするんでしょう? 澄王様はここにいてもいいの?」
「お前と共にいたいからな。白虎はいつの時代も、大切な者の側にいる」
公子の手が俺に向かって伸ばされる。俺はその温かい手を、強く強く握りしめた。
―― 完 ――
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