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2.消えた幼馴染
俺は都から遠く離れた山間の村里で生まれた。
深い山々に囲まれた僅かな平地にある小さな集落。隠れ里、というのだと大人たちの言葉で知った。俺たちの里は遠い昔に天から祝われた地で、清廉な気が集まった場所なのだと言われている。
里で同い年の子どもは俺とバイの二人だけ。バイは生まれつき真っ白な髪だったから、つけられた名も白。俺は満月の日に生まれたから月。
幼い時から俺たちはいつも一緒だった。体格がよくて無口なバイと、小柄でよくしゃべる俺。水くみや田畑の手伝いが一息つくと、体の小さな俺は疲れてすぐに眠くなる。そんな俺に、バイはいつも肩を貸し、膝枕までしてくれた。
バイは年齢には見合わないほど力があって、いつも俺の何倍も仕事をした。大人も子どもも皆、バイを褒めて頼りにする。それでも自慢一つせずに、優しく笑って俺の隣にいた。俺はバイの笑顔を見ると、いつも温かな日差しに包まれているような気持ちになった。
八歳になったあの日。いつも通りバイの膝で昼寝をしていたはずだったのに、目覚めた時には家にいた。もう宵闇が訪れる時刻で、父は長のもとに行くと言う。俺は首をひねりながら、父に手を握られて長の家に向かった。空には大きな丸い月が登ろうとしていた。
磨き抜かれた広い床の上で長と対峙する。巫婆様が部屋の隅に控えていた。正座で向き合った長は、俺を見て目を細めた。
「大きくなったな、ユエ。お前も八の祥を得る時が来た」
「はちの……さち?」
「そうだ。八歳を迎えた日に、我らは一人ずつ『命』を得る」
「……?」
「お役目のことだ。巫婆様の元に降りた言葉を長が伝える決まりだ。親兄弟にも伴侶にも己の『命』を明かしてはならぬ」
長じて、例え里を出ても授けられた命は誰にも明かしてはならない。
「ユエ、よくお聞き。お前は巫婆様の後を継ぐ稀子だ。それでも『命』は他の者と同じように授ける」
こくりと頷いた。俺には幼い頃から、人が見えないはずのものを視て、聞こえないはずの声を聴く力があった。父が俺を背負って山に入れば、皆の望むものを必ず見つけることが出来た。狩りの獲物が見つからない時には隠れている獣の居場所が浮かび、病が流行れば薬草の生えている場所がわかる。
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