僕は珍しい子供

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僕は珍しい子供

 名前を聞かれて何も思い出せない僕が首を振ると、仙人老人はテディという名前をつけてくれた。名字は必要ないのかな。僕を拾ってくれた仙人はパーカスという名前らしい。 仙人はよく見ると背が高いだけでなく中々の筋肉質だった。白髪混じりの髪は背中まであって、神話に出てくる様な衣装だから僕が仙人と思ってしまったのもしょうがない。 けれど僕はさっき耳にした言葉の真偽を訝しく思っていた。自分の事を竜人と言わなかったかな。僕に種族について聞いてきたけど、獣人の種族って事だろうか。僕は自分が獣人ではないと思っていたけれど、完全にそうじゃないなんて言えなかった。  だってこの世界に今幼児として存在していることがあり得ることなら、獣人かもしれないというのも十分あり得る事なんだ。でもあの様子じゃパーカスが僕を獣人かどうか怪しんでいるみたいだった。 やっぱり僕は人間で正解なのかな?適当に三歳だなんて言ったものの、実際の今の年齢だって不明だ。もう少し様子が分かるまで、僕が知っている事は黙っていようと思う。 しかしさっき食べた果物みたいの美味しかったな。濃厚なアイスクリームの様な甘い味わいだった。もっと食べたかった。僕がそんな事を考えていると、パーカスが忙しげに何か用意を始めた。  ふと僕を見てハッとした様に固まると、少し考え込んでサンダルの様な履き物からゴツい革の頑丈な編み上げの靴に履き替えた。まるで軍人の様なその出立ちに僕は口を開けてパーカスを見上げた。 そうだ。何となく白髪の髪と口髭が長いから仙人だと思ったけれど、こうしてみるとどちらかというと老軍人の方がしっくり来る。僕がそう思いながらジロジロ見ていると、苦笑したパーカスが僕を抱き上げて片腕に抱えると言った。  「今からお前に必要な物を買いに街まで行くからな。しっかりと掴まっているんじゃぞ?」 そう言って僕を布ごと自分の身体に巻きつけて縛ると、家の外に出た。僕が玄関までの家の中を見回す暇もなく、僕の目に飛び込んできたのはだだっ広い草原と自然味溢れる山の景色だった。 家の周囲を取り囲む柵が妙に頑丈で物々しいのには嫌な予感がしたけれど、それさえ気にしなければ何処か風光明媚な美しい景色と言えばそうだった。でもさっきパーカスは街に行くと言っていた筈では?  とても街が有るとは思えないその光景に、僕は首を傾げた。するとパーカスは突然鋭い指笛を吹いた。すると何処からともなくけたたましい恐ろしげな声が聞こえて、僕はハッとその声のする方を見た。 足音も荒く現れたのは、ダチョウが何倍にも大きくなったような、ダチョウと言うよりは怪鳥というのがふさわしい生き物だった。鋭い嘴から真っ赤なベロがチロチロと出てパーカスに撫でられている。 時折パーカスの胸元にくくられている僕に目玉をギョロギョロと向けて見つめてくるのは、食べ物だと思われてる気がしないでもない。僕が不安になってパーカスの服をぎゅっと握ると、パーカスはその怪鳥に言った。  「バッシュ、この子はテディだ。お前は小さいモノを集めるのが好きだから言っておくが、テディに手を出してはダメじゃ。分かったか?」 そうパーカスが言うと、バッシュと呼ばれた怪鳥は見るからに残念そうにギーと鳴くとパーカスの側に座り込んだ。パーカスが手に持った手綱と口輪をバッシュに掛けると、その背に乗り込んだ。気がつけばパーカスの手綱を持った手にさっきは無かった鱗が見えたので、やはりパーカスは竜人なんだろう。  僕は自分が恐ろしげな怪鳥のバッシュのコレクションになる所だったとか、仙人の様な竜人に面倒を見てもらってるだとか、竜人の鱗化を見たとか、ありえない事の連続が続いているのに、案外自然に受け止めている事に内心驚いていた。 でも自分がこのとんでもない世界で幼児化して放り出されていた事と比べれば、それはそうなんだで済むレベルのことの様な気がした。はぁ、参ったな。夢にしては長いこの物語はまだスタートしたばかりだ。  半分自暴自棄になりながら、僕はこれから凄まじいスピードでバッシュが走り出すとか、目の前の山ひとつ、ふたつ越えるだとか、全然覚悟がなかった。だから絶え間なく続く揺れに抗えなくて、失神する様に眠ってしまったのも無理はないと思う。 気がつけば心配そうなパーカスのしわがれた大声と冷たい感触に目を覚まして、やっぱり声うるさっ!って思ったのはデジャビュだった。冷たく感じたのは、冷えた布を顔に押し付けられていたせいみたいだ。 しかもパーカスの両隣りから、何人もの耳付きの大人や子供らしき者達が僕を興奮した様に覗き込んでいた。  「あ、隠者様、目を覚ました様ですわ。まぁ、綺麗な緑色の目!それにこんなに小さな人型は私初めて見ました。可愛らしいこと!」 そう言って僕を覗き込むおばさんの頭からは大きな尖ったフサフサの耳が生えていた。これは噂の獣人なんだろうか。そう思っていた僕の手をぎゅっと引っ張る者がいた。 「いちゃい!」 僕が悲鳴をあげると、僕の手を掴んでいた10歳ぐらいに見える丸い耳をしたヤンチャそうな少年が、バツが悪そうな顔でそっと僕の手を離してくれた。  「ごめんなさいっ!なんか人形みたいだなって思って。柔らかくて小ちゃいお手てですね。…本当に生きてたんだ。隠者様、この子は何ですか?随分小さく見えるのに人型なんですね。竜人ですか?」 どうもパーカスは皆から一目置かれているらしい。皆礼儀正しく話し掛けている。僕は冷たい布でぼんやりした意識がはっきりすると、ゆっくりと起き上がって寝かされていたテーブルに座った。 だけど僕をじっと見つめる沢山の視線が少し怖くて、思わずパーカスに手を伸ばして抱っこして貰ってしまった。いや、2mほどある誰よりも背が高いパーカスに抱かれると、安心感が半端ない。  「女将、ちょっと頼まれてくれないか。この子に合う靴や服を用意してやりたいんだが、良い店を知らないか?」 パーカスは僕に服を買ってくれるみたいだ。それならと、僕はパーカスに言った。 「ぱーかちゅ、おろちて。ぼくあうくよ。」 しかしどうしてこうも口が回らないんだ。幼児ってのは難儀だ。僕はそう思いながら床に下ろして貰った。出掛ける前にパーカスが包帯の様なモノを足に巻いてくれていたので一応裸足ではない。 僕が歩くとその場に居た人たちがワッと喜んだ。なんだなんだ。幼児がそんなに珍しいのか?  その時店のドアが開いて、僕より大きな猫の様な生き物が、凄い勢いで飛びかかって来た。ああっ!僕もここまで!?
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