獣人の洗礼

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獣人の洗礼

 僕は気がつけば大きな猫に床に引き倒されていた。すかさずパーカスの大きな手が、猫と僕を引き剥がしてくれたので大変な事にはならなかった。猫はドスの効いた唸り声で興奮したように鳴きながら、パーカスに首根っこを掴まれてぶらさがっていた。 慌てた様に後から店に入って来た丸い耳の若者が、パーカスからそのぶら下げた猫を受け取って謝っていた。 「すみません!うちの弟が!こらジェシー、どうして他所のお子さんに飛び掛かったりするんだ。ごめんね、びっくりしたで…。え?可愛いっ!」  僕は文句タラタラな猫が獣人の子供なのだとその時気がついた。そう言えばパーカスも言ってたな。獣人の子供は早くても5~6才にならないと人型にならないって。と言うことはあの猫、いや、もしかしたら猫科猛獣系かもしれないアレは、今の僕と歳が近いのか。 僕は大丈夫だとパーカスに下ろして貰うと、よく見れば普通に可愛い猫ちゃんもどきと対峙する事にした。どう見ても興奮状態の大きな猫もどきは危険な気がしたけれど、ここは格の違いを分からせてやらねば。  僕はネコもどきをジェシーと呼んだ獣人のお兄さんに尋ねた。 「あのね、このこね、なでなでちてもいいでちゅか?」 するとお兄さんはデレデレしていいよと快く返事をすると、飛びかからない様に諭した後ジェシーも床に下ろした。ほう、成程このジェシーはヒョウとかその手の獣人の様な気がする。足が明らかに太い。 お兄さんに言われたせいか、ジェシーは僕を金色の瞳でじっと見つめて大人しくしていた。僕は両手を突き出して用心深く近寄ると、ジェシーの鼻先に指を伸ばして嗅がせてから、そっと首の側を撫でた。  ビロードの様な柔らかな毛皮が気持ちよくて、僕は思わず両手でモフってしまった。ああ、気持ち良い。ジェシーもすっかり僕の手の虜になって、気がつけば床に寝転がって僕に存分にモフられていた。 「じぇちー、かあいいねー?ふあふあできもちーね?」 僕がそう言いながらパーカスを見上げると、パーカスは呆れた様に僕にかがみ込んで言った。 「テディそれくらいにしてやるんじゃ。ジェシーが脱力してるではないか。君、テディは何も知らないとは言え、不躾に撫ですぎて悪かったのう。」  パーカスがそう言ってジェシーのお兄さんに謝っている。僕が撫ですぎたのがダメだったみたいだ。僕は蕩けたジェシーがお兄さんに抱き上げられるのを見上げながら言った。 「…いっぱいなでなでだめ?ごめんちゃい。」 するとお兄さんはニコニコして言った。 「君みたいに可愛い子に撫でられたら、ジェシーも腰砕けになるのはしょうがないよ。はは、俺も家族に良い土産話が出来たよ。君って一体なんの種族なんだい?」  僕はジェシーのお兄さんの言ったことの全部は理解できなかったけれど、お兄さんが怒ってなかったのでホッとした。しかしお兄さんの質問にはどう答えて良いか分からなかった。 すると僕はヒョイとパーカスの腕に抱き上げられた。 「さぁ、教えて貰った仕立て屋に急がないと時間がないぞ?ああ女将、後でまた寄らせてもらうからメモに書いた商品を用意して袋に詰めておいてくれの。」 僕を抱えたパーカスが店から出ると、流石に後をついてくる者は居なかった。僕がパーカスの肩越しに店の前で僕らを見送る彼らに手を振ると、わっと歓声が上がった。  「にんきものでちゅ…。」 僕が思わず呟くと、パーカスは機嫌良く笑いながら言った。 「やっぱり幼い人型は珍しいと言うか、見たことがないからの。誰が見ても可愛らしく思うのだろうて。しかしこれでは直ぐに噂が広まりそうじゃ。お前の身内が現れる可能性が出てきたが、お前の親は何処にいるのか分かるかの?」 難しい顔になったパーカスにそう尋ねられても、僕は答えることが出来なかった。どう考えてもこの世界に自分の親がいる様には思えなかったし、そもそも幼児を見たことがないと皆が口にする度に、この世界に僕と同じ『人間』が存在しない気がした。  僕が暗い顔で首を振ると、パーカスが黙って僕の頭を撫でてくれた。すれ違う獣人が振り返るのが当たり前になった頃、ようやく目指す店に辿り着いた。そこは少し高級そうな仕立て屋だった。 僕達が店に入ると、現れたのは細身のスラリとした男の人だった。虹色の美しい羽飾りが青紫の髪を飾っていた。孔雀の羽?孔雀らしき獣人の彼は僕を見ると両手で口元を覆って声にならない悲鳴をあげた。 「カワイイ゛ィィィー!」  それから僕は店主にあちこち(マサグ)られた。実際には寸法を取られただけだったけれど、僕を撫で回していたのは確かだから弄られたのが正解だ。 張り切った店主が僕用に新しい服を作ってくれる事になったけれど、出来ればシンプルでカッコいい服がいいな…。でもあの店主の服を見ると過剰にフリルがついているので不味いかもしれない。 「ぱーかちゅ、ぼくかこいいすき。」 そう言って店主をチラ見しながら見本の服を指さすと、店主はあからさまにガッカリしながらパーカスを見た。  「まぁ、動きやすくて目立つ色で作ってくれ。私の住まいは魔物も多く出る。何処に居るのか直ぐに分かった方が便利だからな。‥ではこれと…。」 パーカスと店主の話はそこまでしか頭に入ってこなかった。今パーカスの口から飛び出た言葉が頭の中を占めていたからだ。パーカスは何て言った?魔物って言わなかった?あの家の周囲に張り巡らせられていた妙に頑丈そうな柵が頭に浮かんだ。 あれが魔物対策だとすれば、僕はさしずめ柔らかくて旨そうな生贄なのでは…!?
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