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5.興奮する妻
着替えて寝室から出てきた卓也は、秋刀魚の塩焼きを運んできた私を見て驚愕する。
思わず後退り、唇を震わせながら私の顔を二度見した。
「どうかしたの?」
「そ、そのピアス……!」
卓也は言ってしまってから、慌てて両手で口をおさえた。
「ピアスが、どうかしたの……?」
私は左耳のピアスを触りながら夫を見た。
左耳につけているピアスは、助手席の下に落ちていた浮気相手のピアス。右耳には、夫が浮気相手に返した別物のピアスの片方。
左右のピアスを確認して、卓也は身をすくめた。
「どうしたの、卓也。具合でも悪いの?」
わざとらしく言い、俯く夫の顔を覗き込んで心配するふりした。
顔を近づけると夫はまた大きく体を震わせ、その反応に私は笑いをこらえきれず、踵を返してキッチンへ戻る。
そして夫に背を向け、声を上げずに盛大に笑ってやった。
夫の恐怖に怯えるさまが、いちいち可笑しくてたまらない。
(ざまーみろ……!)
勝ち誇った気分で、残りの夕飯をテーブルへ運び、手を合わせた。
「いただきます」
私が食べ始めても、夫は俯いたままだった。何か考えているのか、私に怯えているのか。どちらにしろ愉快であることに変わりはない。
こんなに美味しい夕食は久しぶりで、興奮冷めやらぬ夜を過ごしたが、翌日に現実へと引き戻されるのだった。
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