8.離婚届

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8.離婚届

 卓也は私より自分のご飯が心配なのだ。所詮、私は家政婦。都合が悪くなれば、当たり散らせる程度の存在。  今までも何度か同じようなことがあった。私の体調が悪くても、夫はご飯や家事の心配しかしなかった。  そのたびに自分を励まし続けてきたが、もう限界だった。  夫の浮気で、私は完全にとどめを刺された。  (でも、ただ離婚するのも悔しい……)  悔しさと悲しみの中で、夫に復讐したい気持ちが募る。私をここまでコケにしたツケを払ってもらおう。    夫の鞄が床に置いたままになっていた。何か企てようと、鞄の中を漁った。すると、一枚の紙が出てきた。  記入済みの離婚届だった。  あとは私が署名さえすれば提出できる状態の離婚届。  全身の震えが止まらなかった。  夫は私より先に離婚を考えていたらしい。 (あの女と一緒になるの? 許せない……。絶対にそんなことさせない……!)  私はゆっくりとした足取りでキッチンへ向かい、包丁を手に取った。  部屋の灯りをすべて消して、リビングの暗闇の中に消えた。  息をひそめ、夫の帰りを待った。  やがて玄関ドアが開き、夫のため息が聞こえてきた。わざとらしいため息。不満が込められたその息を、私がこれから止めるのだ。  近づいてくる足音とともに、カウントダウンを始めた。もう私には何の迷いもない。  身を屈め、包丁を握る手に力を込めた――。  <完>  
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