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  私はしがない男爵家の娘です。  そんな私にも、婚約者がいますね。名前はマーロン・イヴリといって、子爵家の次男坊です。マーロンは真面目で無口な性格ですが、温厚でもありまして。私には昔から親切にしてくれていました。  私もそんな彼が好きでしたね。けど、ちょっとだけ不安なことがあります。どうやら、マーロンは私を異性として意識していないようなのですね。妹のようには見ているみたいですが。これでは、将来的に夫婦としてやっていけるのか。私は心配でもありました。なので、両親にも相談をしたのです。 「……ふむ、マーロン君と婚約を解消したいと?」 「はい、マーロンには良くしてもらっていますけど。彼は私を妹か何かのように見ているみたいなんです。だから、将来的に夫婦としてやっていけるのか心配で」 「まあ、わからなくもないな。あちらにお前に対する感情がなかったら、婚姻関係も成立しないことだし。解消には私は賛成だ」 「そうね、マーロン君には他に好きな女性はいないのかしら」 「……いるようですよ、確か。私より2歳は上の令嬢でした。名前はウィロー・スレア伯爵令嬢でしたか」 「な、それは本当か?」  父上が気色ばみました。仕方ないでしょうね、娘の婚約者の不貞が明らかになったんですから。私は次第にマーロンに対する愛情が冷めていくのを感じました。こうして、彼との婚約解消に向けて周りも動き出したのです。 「……やあ、久しぶりだね。グレース」 「久しぶりね、マーロン」  互いに挨拶を交わしました。今日は、マーロンと婚約解消の事で話し合うために我が男爵邸に来てもらっています。ちなみに、応接間にて私の両親や彼の両親も一緒でした。マーロン達はぎこちなく笑いながら、向かい側のソファーに座ります。私や両親も入口側に腰掛けました。さあ、話し合いの始まりです。 「……本当に久しぶりですね、ケーラー男爵」 「ええ、そうですね。イヴリ子爵」 「今日は我が愚息とグレース嬢との婚約についての是非を話し合いたいとか、まさか。解消をしたいとか言いませんよね?」 「そのまさかですよ、子爵」 「我が愚息が彼女に、何かしましたか?」  マーロンの父君もとい、イヴリ子爵は顔色を青ざめさせました。我が父上ことケーラー男爵は、怒気を込めて言います。 「……マーロン君にはグレース以外に懸想している女性がいるとか」 「そ、それが何か?」 「グレースという婚約者がありながら、他の女にうつつを抜かすなど。あってはなりませんな、だから。婚約を解消したいとこの子は言っております」  はっきりと言えば、母上も非難する目でマーロンや子爵達を見ます。子爵達は、顔を俯かせました。 「た、確かに僕にはグレース以外に好きな女性がいます。けど、さすがに婚約を解消するのはいかがな物かと思いますけど」 「……ふん、おととい来やがれと言いたいわね。あなたは娘を裏切ったのよ?」 「え、あの。サリア様?」 「今日からは、私の事はケーラー夫人と呼びなさい。イヴリ子爵令息」 「はあ、ケーラー夫人。グレースが本当に解消したいと言ったのですか?」  マーロンが問いかけてきます。白々しいとしか、私には言い様がありません。 「……本当です、イヴリ様」 「え、グレース。僕と婚約解消したら君は。傷物扱いされるよ?」 「それは覚悟しています、私は本気です」  静かに告げると、マーロンは瞬く間に慌て出しました。 「えっ、グレース。考え直してくれ!」 「考え直す必要はありません、あなたが解消に応じてくださったら。私はこれ以上は何も言いません」 「……わかったよ、解消には応じる。けど、君が後悔することになるよ」 「それでも構わないです、独身に戻れるなら」  そう言いきると、マーロンは絶句しました。こうして、婚約解消は成立したのでした。  後日に、イヴリ子爵家から婚約解消を正式に受理すると書類が届きます。王宮からも婚約は無事に解消されたと通達がきました。これでやっと、一安心です。  私は現在、ケーラー男爵領に帰っていました。のんびりとした田舎暮らしを満喫中です。一番上の姉であるキュリー姉様と夫であるベンジャミン義兄様は私が屋敷に居候する事を快諾してくれていました。毎日を畑仕事や姉様の子である甥っ子2人と遊んだりして楽しく過ごしています。婚約解消してから、早くも半年が経っていました。 「……グレース、こんな所にいたのね」 「キュリー姉様」 「あなたにお客様よ、いらっしゃい」  姉様が庭にて散策をしていた私に呼びかけてきました。何だろうと思いながらも、頷きます。私は急いで、姉様の後を追いかけました。姉様は速歩きで屋敷の応接間に向かいます。辿り着くと姉様が立ち止まりました。 「グレース、よく聞いてね」 「あの、姉様?」 「あなたへのお客様は、スノウホワイト侯爵家の方よ。確か、嫡男のミュラー様と言ったかしら。あなたに用があるとおっしゃっているわ」  スノウホワイト侯爵家と聞いて私は慌てました。だって、我がゼアール王国きっての歴史ある名家の内の一つですよ?  そんな高貴な方がしがない男爵家に何の用があるんですか。仕方ないと腹を括りながら、姉様に目線を投げます。姉様は頷くと、ドアをノックしました。  中から、男性らしき低い声で返答があります。意を決して姉様がドアを開けました。私は中に入ります。 「……ああ、ケーラー男爵夫人。急の訪問、失礼しました」 「いえ、スノウホワイト様。先程、妹を連れて参りました」 「助かりました、妹君がいらしたなら。話は早い」  んん?何故に、私が来たら話が早いのでしょう。訳がわかりません。  私が応接間に入ると、そこには白銀の髪に深いアイスブルーの瞳の美男子がいらっしゃいました。茶色い髪に淡い青の瞳の冴えないマーロンとは大違いです。まあ、2人に失礼かしらね。そんな事を重ながらも私は腰を落として、カーテシーをしました。 「……初めまして、スノウホワイト様。私はケーラー男爵の娘でグレースと申します」 「ああ、あなたの名は聞いています。まずは説明をしましょうか」 「はい」  頷くと、姉と2人でスノウホワイト様の向かい側のソファーに座ります。落ち着いてから、おもむろにスノウホワイト様は説明を始めました。 「……実は、私には以前に婚約者がいました。ですが、彼女は急に「真実の愛を見つけた」と置き手紙を残して、失踪してしまったのです。どうやら、ある子爵家の子息と恋仲になり、駆け落ちをしたようなのですが」 「はあ、けど。それが何故、妹のグレースに繋がるのでしょうか?」 「その婚約者は、スレア伯爵家のウィロー嬢と言うのですが。彼女の相手はグレース嬢の元婚約者だと聞きました。それで真偽を確かめるためにもこちらに来たのです」 「……確かに妹の婚約者は子爵家の子息でしたけど、それが関係あるのでしょうか」 「ええ、置き手紙にはこうもありました。「マーロンと2人で行きます」と」  私は息を飲みました。まさか、彼だったとは!かのウィロー嬢がマーロンに懸想されているのは、知っていましたが。駆け落ちまでするとは、思いも寄りませんでした。 「……グレース嬢、申し訳ないのですが。もし良ければ、私と婚約をして頂けないでしょうか?」 「えっ、いいんですか?!」 「身分差を気にしておられるなら、心配無用です。あなたには私の従兄夫妻の養女になって頂きます。戸籍上にはなりますが」  私は驚きながらも、頷きます。こうして、不肖ながらもスノウホワイト様もといミュラー様の婚約者となったのでした。  あれから、早いもので3年が過ぎていました。私は17歳になり、ミュラー様と結婚しました。現在はスノウホワイト侯爵邸にて、夫人としての勉強をしています。ミュラー様や弟君や妹君には歓迎されました。  毎日が楽しくて、幸せで。時折、怖くなる程です。ミュラー様の両親であるお義父様やお義母様も優しくしてくださいます。 「……グレース、今日も楽しそうですね」 「ミュラー様」  後ろから、ミュラー様が声をかけてきました。笑いながら、振り向きます。 「先程、帰ってきたところなんですが。一緒に庭園を散策しませんか?」 「あ、良さそうですね。行きたいです」 「では、行きましょうか」  私はミュラー様と2人で庭園に向かいました。  ゆっくりと歩きながら、夕暮れ時の陽に照らされる薔薇を眺めます。とても、オレンジや桃色に染まった花々は美しくて感嘆してしまいます。 「グレース、我が家に来てくれて私は嬉しいですよ」 「私もです、結婚してくださってありがとうございます」 「ふふっ、同感ですね。あなたのその真っ直ぐな性格に惹かれたのですが」  ミュラー様はさらりと口説き文句を言います。私は頬が熱くなるのがわかりました。ミュラー様は私の肩を抱くと、耳元に顔を寄せます。 「グレース、好きですよ」 「……私もです」  答えると、グッと体を引き寄せられました。ミュラー様が私を抱きすくめたのがわかります。しばらくはそうしていたのでした。  ――The end――
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