full moon

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「あぁー美味しかったっ!」 楽しそうに叫んだルナとともに会計を済まして店を出ると、雲ひとつない夜空が優しく僕らを見下ろしていた。嫋やかで強かな月明かりよりもギラギラと喧しい電灯に目を細める僕は、横を歩く大きなお子ちゃまを盗み見る。平均身長の僕と並んでも小さい彼女の背丈は、どれだけ頑張って背伸びをしてもせいぜい僕の鼻先あたりにしか届かない。 「別にファミレスなんて、いつでも行けるだろ」 大袈裟なルナに溜息をついてみせた僕に振り向いた彼女は、さも呆れたような身振りで首を振ると、「分かってないなぁ」と呟く。 「好きな人と食べるから美味しいんだって」 満ち欠けを繰り返す月みたくコロコロと表情を変えるルナの瞳に浮かぶ穏やかさは、出会った時から変わらない優しさを湛えている。 「……そういう事をサラッと言えるあたり、本当に男の扱い方が上手いよな」 僕にとっては特別でも、引く手数多の彼女にとっては『新しい客』のひとりでしかない事実を皮肉った僕は、ままならない感情を溶かすように空を見上げた。 「どーゆー意味?」 「別に……この後もそうやって他の男を転がしに行くんだろって事」 合っていた歩幅が徐々にずれ、やがて立ち止まった彼女が「ねぇ」と僕のスーツの裾を引っ張って呼び止める。 「何?」 「お兄さんさ、今、自分がどんな顔してるか知ってる?」 「は?」 「凄く物欲しそうな顔してる。強がっても無駄だよ?ウチはサービス業のプロだから」 スルリと僕の両頬を包んだルナの笑みには自信と余裕が表れ、逃げ場を失った僕の視線を搦めとるようにゆっくりと彼女に引き寄せられる。 「でも、夏樹さんのそーゆー顔も好きだよ」 吐息にも近いその囁きに擽られ、僕の頰は彼女が触れる場所から熱を帯びてゆく。それを見越したように唇を重ねたルナに釣られ、僕はハッキリと触れることを恥じらいながら優しく愛を啄む。 「そんなに嫉妬してくれるなら、いっそ言葉にして欲しいなぁー。どんなに尊い想いも、口で言わなきゃ分からないでしょ?」 「……今日は楽しかった」 言い慣れない言葉を吐いたせいで上擦った声に微笑んだ彼女は、悪戯っ子みたいに「それだけ?」と焦らすように聞き返す。 「夏樹さんが娶ってくれるなら、ウチはこの仕事すら投げ出す覚悟だってしてるのに」 「嘘」 「ホント」 言葉が空気を舞うようにヒラリと身を引いたルナはクルリと回って右手の小指を突き立てると、「ねぇ、指切りしよ」とせがむ。 「昔、遊女は操を立てる為に、自分の指や髪を切って愛する人に送ったんだって」 照れ臭そうに瞼を閉じた彼女の長い睫毛が、夜の明かりに照らされてキラリと光り、その色はかつて呪った眩しいほどの輝石と影が重なる。  ラブラドライト。  陽菜の誕生日石であり、色々な意味で特別な鳳蝶の羽は、月と太陽の力を併せ持つパワーストーンで、運命を重ねた人々を引き寄せるという。 ──『先輩って、ラブラドライトみたいですよね……パッと見はただの平坦な石なのに、角度を変えて見ると七色の光を滑らせる』  陽菜が僕に当てはめた宝石は輝石でも、やっぱり明るく光る素質なんて全く見当たらない。彼女が太陽の恩恵を受けているのなら、きっと僕は月の鱗片を握っているようなもの……そして、『月』の加護を名前に冠した目の前の彼女も。  差し出された彼女の小指に僕の無骨な小指をしっとりと重ね、儚く消えてしまいそうなほど柔らかい存在を確かめるように指を絡めた僕は、静かにルナの瞳を見据えた。 「月光さん──I love you……(今夜は月が綺麗ですね)」 ──どうかこの覚悟を繋ぐ温かい結び目が、綻びて解けてしまうことのありませんように。 ─fin─
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