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プレートのナポリタンをフォークでクルクルと捏ね回したルナは、細めた瞳のままでふふっと笑う。
「『ナツキ』って良い響きだね……実は、ウチの名前にも『月』が入るんだ」
「月?」
「そう、『月の光』って書いて『ツキコ』。紛らわしいけど、『ゲッコウ』ではないんよ」
「月光……だから源氏名も『ルナ』なんだ」
勝手に納得した僕が感心しながらこれまた小ぶりな唐揚げを口に運んで頬張ると、向かいの席から僕のプレートに伸びてきたフォークがハンバーグの片割れを強奪する。
「これも美味しい!」
「おいふざけんな」
「ちゃんとウチのオムライスもあげるって」
トロトロの卵を崩さないようにフォークで上手く切った彼女が、したり顔でフォークごと僕に差し出す。その行為はいわゆる間接キスというヤツでは?と考えたものの、舌を絡めた僕らの関係にそんな細かい事は無粋だった。
「はい……あーん」
新婚でもしないような小っ恥ずかしい動作をものともせず体現したルナは、三日月のように目を細めて「ほーら」と催促する。
「やらないって」
「えー、美味しいのに」
片頬を膨らませておどける彼女が身を乗り出して強引に僕の口元までフォークを進め、その押しの強さと誘惑に負けた僕は恥ずかしさのあまり両目を瞑って口を開いた。
バターがフワリと香る柔らかい卵と、絶妙な酸っぱさの中に調和した米と野菜のどこか懐かしい味付けに、僕は絞った瞳を薄っすらと緩める。
「美味しい?」
「……まぁ」
「美味しいなら『美味しい』って言いなよ」
「美味しい」
おずおずと答えた僕の言葉に満足したのか、ルナは「だよねー」とそのままフォークでオムライスを切り崩してぱくりと頬張った。
「なんか本当、狡いよね」
「ウチがズルい?どこが?」
「全部、だよ。僕だけ気にしてるみたいで嫌になる」
ナポリタンを蕎麦みたいに箸で啜る僕は、嫌にドキドキと跳ねる心の臓に呆れながら彼女に悪態を吐く。
「気を引いてるんだから、気にしてもらわないと逆にビビるって」
平然と言い放った彼女の影にあの日レストランで笑った陽菜を重ねた僕の耳に、かつての片翼が残した声が響く。
──『目立たなくって、地味で、ありふれたヘタレ……そうそう、道端の石みたいな感じですね』
──『……それなのに何故か一際目を惹かれたんです。ほら、今だっていつもからは想像もつかないほど、色んな仕草や表情を私に見せてくれる』
君は何を思って、何を考えているのだろう?
1年が過ぎた今、小指に繋がっていると信じて疑わなかった赤い糸で結った日々は、ちゃんとセピア色の思い出になりましたか?
僕は。
僕は今頃になってやっと、貴女の幸せを心から願えるような気がします──。
喉の奥につかえていた棘を吐き出した僕が晴れやかに顔を上げた先には、安らかに微笑む陽菜の残像が見えた気がした。
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