27、あなたの強さ

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「ああ、星が」  リーリヤは立ち上がって見に行った。  つうっと、天蓋に光が滑る。音もなく、光の粒が一つ、二つと地上へ駆け下りていった。これが噂に聞く、流れ星というやつだろう。  五つほど一気に流れていったが、そのうちの二つがどこかへ落ちたらしく、下でぼうっと強く光った。 「学者の他に、石採りも来るのだったな。飛来石はここでしか見つからない」  ジェードの言葉で思い出すのは、一人の王子だ。流れ星は大抵燃え尽きるそうだが、中には形を保ったままのものもある。それが飛来石と呼ばれるのだ。  ――飛来石は、どこから来るのだろう。  隣に並ぶジェードに、リーリヤは寄り添った。  この世には理解できないこと、悲しいこと、恐ろしいことがたくさんある。それでもやはり、美しいと感じるのだ。何もかもをひっくるめて、世界は美しい。  濃密で滑らかな闇黒(あんこく)。静けさ。ほのかに光る苔。忘れられた記念碑のような骨。夜を駆ける流れ星。 「美しいものは一人で見ても美しいですが、あなたと共に見ると、もっと美しく思える気がします」  リーリヤはジェードに親愛をこめて寄りかかる。  この暗闇の中で一人空を見上げて佇んでいたとしたら、おそらく一抹の心細さを感じただろう。けれどこうして隣に温もりを感じていると、安心できる。  彼とこの景色を共有して、感動を分かちあえるのはとても幸せなことだった。  幻想的な風景は、いつまで見ていても飽きなかった。 (この方が、ずっと私の隣にいてくれたら)  一瞬そう考え、リーリヤは自分に呆れて密かに口の端を曲げて笑った。彼が用心棒のように、自分と皆を守ってくれたらどれほどありがたいだろう。  けれど、ジェードは人の子だ。考えも改めているし、きっと新王を支える剣として働くのだろう。  離ればなれになるいつかを思うと寂しくて、胸がきゅっと絞られたように苦しくなった。経験のない痛みを笑むことによってやり過ごし、とにかく今、この時を大事にしようと己に言い聞かせる。 「ジェード様」  名を呼んで、彼の顔を見上げる。  今は二人きりなのだ。見下ろす彼の瞳を覗いて、不意にリーリヤは思った。  ――私はこの一瞬のために、生まれてきたのかもしれない、と。  刹那の感情が、強く心に刻まれる。言葉もなく、互いの想いが絡み合ったと思う瞬間があり、その一瞬が、リーリヤに喜びと確信を与えるのだった。  ――ほどかれるのを待つ想い。 「……ジェード様」  名を呼ぶごとに、深まっていくものがある。  ――その想いの、名は。  後ろから突然「ぶるるっ」という鼻息が聞こえ、リーリヤは驚いて振り向いた。二頭の馬がじっとこちらを見つめている。  リーリヤの耳の後ろから蜂が飛び立ち、懐に黒薔薇の蕾があるのも思い出す。 「そうでした、あなた達もいたのでしたね」  苦笑するリーリヤに、ジェードは馬や蜂に不満げな視線を向けていた。雰囲気を壊されたと立腹しているのかもしれないが、馬を相手にそんな理由で怒らないでくれとリーリヤは笑ってなだめる。 「ほらほら、あなた達もご覧なさい。また星が流れましたよ」  旅の仲間に声をかけ、その後もしばらくリーリヤは落ちる星を数え続けた。 「リーリヤ、そろそろ起きろ」  ジェードに柔らかく声をかけられ、リーリヤは体を縮こまらせた。丸めた衣服を枕にしており、地面は固いがさほど冷えはしない。慣れているので寝心地は気にならなかった。  だが眠い。とにかく眠い。寝起きは悪い方ではないはずだが、どうにも眠気がまとわりついている。  リーリヤは薄目を開いたが、満天に星が輝いていた。 「まだ夜ではないですか……」 「じきに昼になる」 「え?」  寝ぼけながら呟いたのだが、次第に今までの経緯を思い出した。体を起こして後ろへ目をやると、境の向こうはとっくに夜が明けているどころか、陽が高くなりつつある。  ジェードは眠りこけているリーリヤを、この時間になるまで気をつかって起こさなかったようだ。虫の襲撃はなかったらしい。 「すみません、すぐに出発の支度をします……」  欠伸を噛み殺しながらリーリヤは動き始めた。 「お前のせいではないだろう。弱るほどでもないが、花の子の活動にはやはり陽光が不可欠のようだな」  常夜の地ではリーリヤのような花の子は、長い休息を必要とするのかもしれない。特にリーリヤは魔力を持たないという事情も影響している可能性がある。 「もう少し休みたければ出発を遅らせても構わないが」 「いいえ。遅れを取り戻すためにも急ぎましょう」  旅行気分は一晩だけだ。果たすべきことを果たして戻らなければならない。これからは一層気を引き締めて進むべきだろう。  リーリヤは目をこすり、夜の向こうで輝く花の太陽に目をやった。
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