31、造花職人の末裔

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 * * *  小屋を出て、ロサカニナを先頭に森の中を歩いていく。少年の主は留守番だ。  こんな森の奥に住んでいれば、不便もさぞ多かろう。小屋のあった付近はまともな道すらなかった。  デントロは数ヶ月に一度買い物に出かけ、それ以外での外出はしないそうだ。話し相手は野薔薇の人形だけ。人嫌いで内向的な性格がそうさせるのだろうが、彼もまた造花に魅了され、閉じた世界での二人きりの生活に酔っているのかもしれない。  行き先は目と鼻の先にある洞窟だそうで、すぐにたどり着いた。火を灯した松明(たいまつ)を手に、ロサカニナが案内する。 「造花は、記録媒体としても期待されていたのです。造花に人格を与えるためには、連続した記憶を持たせることが必須でした。僕達造花は、目に使われている石に情報を保持しています。何百冊も本をしまっておくにはそれなりの空間を必要としますが、造花に記憶させれば書庫も本も不要です。物質的消費が少なくなることは、多くの利点があると考えられました」  リーリヤは、まじない婆が見せた石を思い出していた。あれの中には断片的な情報が残っていたのだ。  造花を本の代わりにするのは確かに便利だろうとリーリヤも思う。  しかし好事家の金持ち達は、美しい造花達をそういう用途では求めず、記録媒体としての実験や研究は進まなかったそうだ。 「僕は人手に渡らず、魔術師達があれやこれやと様々な術を組みました。魔術師という人々は、おしなべて知的好奇心が強い。僕をたくさんの情報が記録できる、歩く図書館にしたかったようです」  松明で周囲を照らしながら、ロサカニナは歩いて行く。彼の、幼いが落ち着きのある声が岩壁に反響していた。 「僕は特殊な人形になりました。よく情報を吸収できる造花です。僕の中に組まれた魔術は、『情報を積極的に取り込む』というものでした。けれど、彼らは僕に何も詰め込まずに去ってしまった。廃墟と化した村には、書物もなかったのです。でも、僕は取り込まなくてはならない。そういう風に作られたから。なので、取り込み続けました」  ロサカニナが足を止めたところは、洞窟の広くなった部分であった。上は穹窿を成している。 「何を取り込んだのです?」  ロサカニナの目には、赤々と燃える火の光が映り込んでいた。造花だと知っているからか、彼の顔はやけに作り物めいて見える。 「太古の記憶です。はっきりとしたことは不明ですが、それは、人や他の生き物、無機物の記憶なのかもしれません。とにかく、僕はそういうものを自分の中に『保存』できました。そして、『再生』もできます。主のデントロは、僕が再生する世界の記憶に一時期没頭していました」  造花も石を利用して、魔術を使える。とすると、彼の言う「再生」というのも魔術の一種なのだろう。 「花の貴人が誕生する、ずっと以前の記憶です。世界には、花の子よりも先に人の子が存在していました。彼らは一度滅びかけ、再び数を増やしたのです」  ジェードはそんな歴史など知らないそうだが、ロサカニナいわく、それは気の遠くなるほど昔の出来事なのだそうだ。リーリヤもさすがに、花の子が存在する前の世界については知識がない。 「当時、世界に花の子は一人だけ。花の王と呼ばれる男がいるだけでした」  リーリヤはロサカニナの言葉に反応した。花の王という名を聞くと、意識がぼやけそうになり、同時に焦燥を覚える。 「ご覧になりますか? 僕の集めた、記憶を」  さほど躊躇(ためら)わなかった。リーリヤとジェードは同時に頷いた。  ロサカニナが目を閉じると松明の火が消えて、辺りは暗闇に包まれた。  漆黒の中に、二つの光点が浮かび上がる。それが少年の両の眼だとわかった瞬間、光は膨張し、辺りを目映く照らした。
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