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花の子であれば、おそらく作り物であっても見ただけでどの花なのかはわかるはずだ。
リーリヤは少年に近づいた。彼の体からは微かに野薔薇の甘い香りがする。
「僕、野薔薇の花をよく食べているんです」
ロサカニナと名乗った少年は、微笑を浮かべた。
リーリヤとロサカニナが話している間に、男が慌てた様子で割って入る。
「この子を連れて行かないでくれ! 私は、ロサカニナがいないと生きていけないんだ!」
取り乱しかけている男の腕にリーリヤはそっと触れてなだめた。
「我々が求めているのは、造花の情報だけです。話を聞かせていただけたら、すぐに帰りますし、この場所のことは誰にも言いませんよ」
単調な日常が突然破られた男は、かなり精神に苦痛を感じている様子だった。野薔薇の造花とリーリヤを不安そうに見比べてから、頭を抱えてうつむくと動かなくなってしまう。
「申し訳ありません。主は人見知りなもので。どうぞ、中へお入りください。主、僕がお茶の支度をしますから、椅子に腰かけて休んでいてくださいね」
見かけだけでいうと親子ほどの年の差もありそうな二人だが、ロサカニナの方が保護者のように男へ接している。
少年の話が事実だとするなら、彼は魔術師によって一番最初に作られた造花で、千年以上はこうして動いているのだ。
リーリヤとジェードは、小屋の中へと招かれた。
* * *
「確かに造花は、私の一族が血の魔術によって生み出したものでした。ですがその秘術は受け継がれず、私には作れませんし、実を言うと事情にも明るくないのです」
魔術師の末裔の男デントロは、座ったまま力なくそう言った。
かつて一族はこの森の村落に住んでいた。しかし仕事を行う魔術師達がいなくなってしまい、森を捨てるしかなかったのだという。
デントロはフィーロ国で生まれ、森へとやって来た。そこで暮らしていた野薔薇の少年に会い、一緒に暮らしているのだそうだ。
人付き合いが苦手なデントロは、魔術師の才能がないわけでもなかったのだが、社会に馴染めないのを苦にし、若いうちからここで隠遁生活をしているという。
リーリヤは茶の入った器を口元へ運びながら聞いていた。
振る舞われたのは菊花茶で、薄荷や香水茅が混ぜられており、爽やかな味がする。
「かつて作られた造花の種類の記録などは残っていないのでしょうか」
「それが、記録は全て破棄されてしまっているので……」
デントロは向日葵の造花を見たことがあるらしく、しかし今は誰が所有しているのかまでは知らないそうだ。他には山茶花、撫子、瑠璃虎尾などが確認されている。
花の宮殿に造花を届けさせたというような話が伝わっていないかと尋ねたが、デントロはかぶりを振った。
「ロサカニナ。あなたは長く生きている。昔、そんなような話を聞きませんでしたか」
少年は笑って、「活動する造花が『生きている』と言えるかどうかは大いに議論の余地がありますが」と前置きをしてから続けた。
「私は試作品でしたので、動作が安定するまでにかなりかかりました。なので、初期の頃の記憶は曖昧で、他の造花のことはあまり知らないのです」
となると、宮殿にいるかもしれない造花の手がかりは得られないのか。
ここを離れれば、造花について知るためにどこかへ寄る暇はない。できる限り、造花の情報を彼らからつかんでおくことにした。
「造花は、花の子とそっくりなのだと聞きました。たとえば、本物の花の子の中に造花が紛れているとして、それを見分ける方法はあるのでしょうか」
少年と男は視線を交わした。花宮殿に住む白百合公のこの意味ありげな質問の意味を考えているのかもしれない。
ロサカニナは少し間を置いてから口を開いた。
「見ただけでは、難しいかもしれません。花の子同士は見た目の他、体内を巡る微量な魔力を感じ取って互いの種族を見分けると言いますが、造花職人の魔術師達は、それすらも再現しています。そもそも、その魔力を型として造花を作っていますから」
よくよく疑ってかかり、分析の術を得意としている花の貴人が調べたのなら偽物だと看破できるかもしれないが、これはロサカニナの想像でしかないので断言は出来ないと言う。
体液に関しても、造花は水分をとって血液のようなものを循環させているため、血や汗を流す、流さないの差で判断はつかない。
「手っ取り早い方法は、破壊することです。花の子は命を失った場合、散って、虫の子のように亡骸を残しません。花の貴人であれば、散った上で蕾になるでしょう。しかし造花は壊れて終わりですから、違いは明白です。もしくは交接すればわかります。造花は愛玩用にも作られているので交われるのですが、花が咲くという特異な現象は職人も再現できませんでした」
それはどちらも試せそうにない、とリーリヤは小さく息を吐いた。
リーリヤは、造花がいるとすれば、それが誰なのか確認したいのだ。危害を加えるだの押し倒すだの、実行できるはずもなかった。
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