31、造花職人の末裔

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「香りもありませんよ、造花は」  ロサカニナの言葉に、リーリヤは眉をしかめた。 「……香水があれば、それも誤魔化せるのでしょう?」 「それは、そうですね」  ロサカニナが花を食べて香りをまとわせていたのと同じように、香水を使えば無臭であるのは気づかれない。  リーリヤは目を閉じて、額に拳を当てた。  ――今の時点で、宮殿に造花がいるという確証はない。  怪しいと感じたのは、香水が取り寄せられていたという事実があったのと、造花がいるという告発の紙を見たからだ。  そしてまた万が一造花がいたとして、何の被害も出ていない現在、それは即刻対処すべき事柄だろうか。  これは旅の途中、リーリヤが繰り返し悩んだことだ。  そして答えは、「向き合うべき」というものだった。  本能が告げている。知らなければならない、と。  花の子の直感はあてになる。  リーリヤはこの問題に不安を感じ、逃げたがっていた。それが何より、捨て置いてはならないものだという証拠なのだ。  ――宮殿に、造花はいる。  ひょっとすると心の奥で、それをとうに感じていたのかもしれない。  さらにロサカニナとデントロに、造花について語ってもらった。  造花は主を定め、その命令を厳守する。「主人の設定」は変更可能なので、譲渡も出来るそうだ。ロサカニナの主は最初に作った魔術師で、彼の命令は「この地を見守れ」というものだった。  ロサカニナの動作が安定して目覚めた時、村からはすでに人々が去った後だった。長らくここで過ごしていたところ、デントロがやって来て、彼が新たな主人となったのだ。  だとすると、宮殿にいると思われる造花も、何らかの命令を受けて送り込まれたのだろうか。 「魔力を再現できるなら、魔術を扱う造花も作れるのでしょうか」  つまりそれは、花の貴人の造花ということだ。香りはともかく、魔術を扱えないのなら、周囲からもっと怪しまれているはずである。  リーリヤの問いが決定的に思われたようで、デントロは動揺しているのか忙しなく瞬きをしていた。デントロは花の子と関わった一族の末裔なので、花の子側の事情にも深く通じている。人の子が作った人形が花の国の中枢部に侵入しているとすれば、大事だと考えたのだろう。 「デントロ、このことは他言を禁じる」 「わかっております」  翡翠の王子に声をかけられ、デントロは身を縮こまらせた。  ロサカニナが言った。 「作れます、白百合公。大変な労力と上質な素材が必要になりますが、可能です。魔術師一族の長であれば、生み出せたでしょう。実際、作られたのかはわかりませんが」  魔力を溜める石は高価で希少だ。相当な費用がかかるそうだが、作れるのだ。  結局ここまで来て、何ら確かな事実はつかめなかった。しかし否定も出来なくなった。  戻って、改めて調べてみるしかないだろう。リーリヤにとって、造花が送り込まれた理由以上に気になるのは、造花と入れ替わった貴人の居場所であった。  黙り込んでいるリーリヤに、ロサカニナが声をかけてくる。 「あまりお力になれなかったようで、すみません、白百合公」 「いいえ、十分です。いろいろと教えてくださって、ありがとうございました」  長居していては迷惑がかかるだろうし、自分達は先を急ぐ。リーリヤは席を立とうとしたが、ロサカニナが引きとめた。 「造花とは関係がありませんので、有益な内容かどうかはわかりませんが、僕が知った『あること』をお二人に見ていただきたいのです。そう時間はかかりませんので、いかがでしょうか」 「ロサカニナ、もしかして、あれを……」  不安げなデントロに、少年は頷いて見せた。 「僕と主だけが知っていても、仕方のないことです。せっかくこのような身分の方が訪れてくださいましたし、国を動かす立場の殿下であれば、いずれ何かに役立ててくださるかもしれません」  ジェードが野薔薇の少年を油断のない瞳で見つめた。 「何の話だ?」 「世界の記憶です、ジェード殿下」
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