31、造花職人の末裔

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 ――気づくと、リーリヤ達は見知らぬ野原に立っていた。どこまでも青々とした緑が続き、見渡す限り何もない。 「ここはどこだ?」 「過ぎ去った時代です、殿下」  これがロサカニナが再生する世界の記憶らしく、まるで中に入り込んだかのようである。茫漠たる景色は本物かと錯覚するほどだが、匂いというものは一切感じなかった。  空には、見覚えのない巨大な光の玉が浮かんでいて、それが地上を照らしているのに気づく。 「あれは何でしょうか」 「太陽ですよ、白百合公」  リーリヤの知る太陽とは随分様子が違っていた。どう見てもあれは花ではなく、球体であった。太陽の花と比べると小ぶりで、しかし光の強さは変わらない。  ロサカニナが指を弾くと、途端に野原は夜に変わった。すると今度は、丸い太陽とは異なる発光体が出現していた。静かに青白く輝くそれは、形こそ先ほどの太陽と似ているが、夜の中に浮かぶだけで地上をくまなく照らすほどの明るさはない。 「これが月です。大昔は、空に太陽と月という、二つの地上を照らす天体がありました」  リーリヤとジェードは顔を見合わせるしかなかった。俄には信じられない話である。 「花ではなく? ただの玉なのですか?」 「何故二つもあるのだ」  ロサカニナの説明では、太陽と月は移動し、互いに場所が入れ替わるそうだ。太陽は光が集まった玉で、月は巨大な石の塊だという。  太陽の花を見慣れたリーリヤには、奇妙にしか思えなかった。空に浮かぶものが、そうひっきりなしに動いて入れ替わっては、落ち着かない気がする。  しかし、昔は太陽と月が二つに分かれていたとして、それらのものは一体いつ消えてしまったのだろうか。  場面が転換する。  地味な色のローブを身にまとう大勢の人の子が、そこかしこを行き交っていた。彼らは魔術師で、今よりももっと数が多かったようである。  魔術師達が術を使うところを見たリーリヤは、現代の魔術師と違う部分があるのを発見した。 「彼らは杖を持っていませんね」  杖がなくとも魔術は発動させられるが、現在、ほとんどの魔術師は石のはまった杖を用いている。  古代の魔術師達は杖を持たず、強力な術を使う時は呪文を唱えるだけだった。  ロサカニナが、古代の人の子の魔術師は、光の素を魔力として扱っていたと言った。 「魔術師達は多くの争いを起こしました。己の利益のために数多のものを破壊し、奪ったのです」  目の前で、かつて起こったであろう数々の陰惨な出来事が過ぎていった。  力を持つものと持たざる者。階級から生まれる不平不満。尽きることのない怨嗟(えんさ)や欲のため、人々は互いに喰らい合う。  リーリヤは悲しい思いでそれらを見つめ、ジェードも無表情で眺めている。  特段異常な悲劇ではない。いつの時代でも繰り返される、ごく平凡な歴史の一部である。  だがこの時代の場合、魔術師が多かった。よって戦いの規模も被害も、かなりのものであったように見受けられる。 「彼らは、知らなかったのです。光に意思があるということを。だから更なる不幸を招きました」 「光に……意思?」 「はい。それは、人の子や花の子、他の獣のようなはっきりとしたものではありません。酷くぼんやりとしていて、しかし全体の動きに影響を及ぼすことはあったのです。光にも、好悪がありました」  人の子は、光に嫌われたのだと少年は言った。悪事に利用され続けた光は、彼らの元から逃げてしまった。  ――また場面が変わる。  空に浮かぶ太陽が、細かい光の粒子へとばらけていく。地上からも数え切れないほどの粒子が空へと昇り、周囲からは明るさというものが失われていった。  阿鼻叫喚の中、光は無慈悲に消えていく。そうして夜が訪れて、冷たい光を宿す月が出現した。  朝と昼が消えても、月のある夜がある。人の子達はそう己を慰めた。全ての光が去ったわけではない。月光に、まだ我々はすがれるのだ、と。  だが、月光も容赦はなかった。月の光も、石を離れて消えていく。そうするとたちまち、月に無数の亀裂が入り、空でゆっくりと砕けていった。  月であった灰色の石が、無惨に人の国へ降り注ぐ。真の闇が訪れて、叫喚と慟哭(どうこく)が響き渡る。 「こうして、暗黒の時代が始まりました。この天変地異のために、人の子は数を減らし続けて、絶滅寸前まで追い込まれたのです」
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