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* * *
杖にはまった水晶が光る。
それが徐々に輝きを増してきて、カーネリアンは集中した。
あまり力を大きくしすぎると、禁止魔術に引っかかって不発に終わるのだ。ここで使える最大限の魔力を練る。
細めていた目を開く。魔術が発動した。
真っ白な光が尾をひきながら、部屋の奥に浮かんでいる球体へと吸い込まれていった。
小さく息を吐き、カーネリアンは杖の先で石床をトンと突いた。
――上手くできたと思う。
「どうですか? ファラエナ」
後方に立っている胡蝶蘭のファラエナの方へ、振り返って声をかけた。
最初の頃に比べれば、かなり力の制御ができるようになった。魔術に不慣れなカーネリアンは、魔術師としては素人同然だったのだが、一度やり方を会得してしまえばその応用も割と難なくこなせていた。
球の蹴り方を知らなかったので初めは足も当たらない有様だったが、それが当たるようになると案外どこへでも好きなように蹴り飛ばせる、といったような感じである。
ファラエナは腕を組んだまま、むっつりと黙りこんでいた。
「まだまずいところがあったでしょうか」
自分ではそこそこの魔術を習得した気でいるが、彼から見るとやはりまだ相当つたないのだろう。
「……いえ」
ファラエナはそう言っただけだった。
何か気にかかる部分があれば即座に厳しく指摘するファラエナだが、近頃は何も言わずに見つめているだけであることが増えた。
叱られるより無言でいられる方が不安が募る。
「閉口するほど酷い出来だったでしょうか……」
おずおずと尋ねてみると、ファラエナは怒ったように眉間にしわを刻んで手を振った。
「直すところがないから黙っていただけです。なんというか、あなたは想像以上に……」
どことなく戸惑っているようにも見えたが、彼は渋面して「なんでもありません」と苛立たしげに会話を切り上げた。
何に腹を立てているのか不明だが、ファラエナは不機嫌そうにしている時の方が多いからさほど気にはならない。術も及第点であるらしいからほっとした。
魔術というのは覚えてみると面白いものだ。カーネリアンは小さなものを浮かせたり、手に乗る大きさの人影を作って動かしてみたりした。そうやって遊んでいるとファラエナに見つかり、彼は一瞬ぎょっとして「大道芸人にでもなるつもりですか?」と呆れていた。
こういった魔術はあまり見ないが、どうして皆やらないのだろう。そんな話をすると、ファラエナは「人の子はそういう細かい制御が必要とされる術は苦手ですからね」と説明した。
では自分は器用な方なのかもしれない、と喜んだところで、つけあがるんじゃない、とファラエナに注意されたのだった。
「そうだ、あなたが教えてくださった防御の術ですが、できるようになりましたよ。めくらましの術も」
攻撃系の術でないからこの部屋でなくても練習が可能だ。めくらましは閃光を発生させるだけなので一度で習得した。
「昨日のあれを、もう?」
「簡単でしたよ、ほら」
嬉々として閃光を迸らせると、ファラエナは迷惑そうに両目をつぶり、目に焼きついた光を振り払うように頭を振っていた。
「防御の術も」
目に見えない殻がカーネリアンを覆う。ファラエナが強度を確かめるためか、拳で何度か叩いた。そして背を向けたかと思うと、手にした剣を振り上げていきなり斬りつけてきた。
仰天したカーネリアンだったが、剣は殻に阻まれて届かない。カーネリアンは胸を押さえながら抗議した。
「驚かさないでください! どうして斬るなら斬ると一声かけてくれないのです。私がうっかり術を解いてしまったら大惨事になるところでしたよ!」
「常に気を抜かないようにと忠告しているはずですが。あなたは刺客がご丁寧に『今から襲わせていただきます』と一声かけてくれると思っているのですか? 安心しなさい。仮に無防備な状態になっていたとして、あなたに刃が届く寸前で止められるくらいの能力はあります」
怯んだのはいただけないが、不意打ちでも防御の術を保てていたのはまずまずだった、と評価してくれた。
「この地下室でも気を張っていなければならないのですか」
「当たり前です。私が刺客である可能性は捨てきれないでしょう」
剣を鞘にしまいながら淡々と述べるファラエナに、カーネリアンはすぐさまきっぱりと言った。
「いいえ。あなたは刺客などではありません」
強い否定の言葉に、ファラエナは肩越しにこちらを見る。わずかに見開かれた瞳には、困惑が滲んでいるらしかった。だがそれも瞬きと共に拭われて、熾火のようにくすぶる怒りに変わってしまう。
「だからあなたは、温室育ちのお坊ちゃんと馬鹿にされるのですよ。カーネリアン殿下」
どう言われようと構わない。何一つ根拠はないが、この男は自分にとって敵ではないのだ。ファラエナがいくら否定しようと、これはカーネリアンの中で確たる考えになり、今や己を支える精神世界の柱の一つだ。
もちろんあなたのことも警戒しています、と言えばファラエナは満足しただろう。けれどカーネリアンには言えなかった。
――あなたには喉をさらしたって怖くはない。敵ではないと、知っているから。
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