32、孔雀石

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「防御の術は術者によって形が異なります。あなたは殻でしたね。膜のように体表に密着させる者もいる。一部分に盾として集中させれば、更に強度は高まるでしょう。工夫してみるといい。相手が手練れであれば破られるので頼りすぎるのも問題ですが、慣れておいて損はないです」  ファラエナは技術的な話へと移った。  他人に指導をする経験はさほど多くなかったと彼は語ったが、教えられる立場からすると上手い方だとカーネリアンは思った。  教授するにあたりファラエナも簡単な教育計画を組んでいるらしく、無理なく段階を踏んで進めている。懇切丁寧とは言い難いし、厳しいことは厳しいが、彼の教えはわかりやすかった。 「あなたも人並みの魔力は操れるようになったわけですが、実戦となると何とも言えませんね。宮殿を出ない限り攻撃魔術は使えませんし、試しようがない」  ――実戦。  聞くだに恐ろしい言葉である。  できることなら避けたいが、この先はそうもいかないのだろう。考えると気が重くなる。 「経験値の低さはこの状況ではどうにもできません。技術を磨き、出力を上げるしかないでしょう。予定よりも早いですが、試してみますか」  そう言って、ファラエナは懐から小さな袋を取り出した。動かすと何やら中でじゃらじゃらと音がする。手を出せと指示されるので言われた通りにすると、てのひらに袋の中身が出された。  赤に近い橙色の石で、八つほどある。 「これは?」 「紅玉髄です。あなたの体に埋まっているのと同じ種類の石ですよ」  確かに、よく見れば見慣れた石であった。生まれた時から体の一部であるものなので、最も馴染みがある。八つのどれもが丁寧に研磨されていた。 「この石にあらかじめ魔力を込めておき、補助として使います。あなたの兄君のフローライト殿下が編み出した方法ですが、ご覧になられたことはありませんか」 「そういえば……」  近頃は部屋に閉じこもってばかりのフローライトだが、長兄のルビー王子が存命の頃はよく顔を見せていた。魔術を使って仕事もしており、その時に体の回りに小さな青い石を浮かばせていたのを見た覚えがあった。 「フローライト殿下は自身の力を拡張するために石に力を込め、魔石として術の補助に使用することがあるのです」  石に魔力を込めて道具のように使うというのは珍しくない。部屋の鍵の代わりにしたり、密談のために音を遮断したり、魔力のある者は日常的に利用している。  フローライトのやり方は特殊で、本来一度に使える魔力の限度量を増やしたり、遠隔で術を作動させることが可能になるそうだ。 「しかし、兄以外の者がその方法を試しているところは見ませんでしたが……」 「フローライト殿下以外には不可能だったからです」  最も優れた魔術師と(うた)われる、ユウェル国第二王子フローライト。彼だから出来る裏技のようなものを、ファラエナはやれと言うのである。 「私には無理ですよ……」 「あなたのそのいちいち及び腰な態度は、見ていて本当に腹が立ちますね。やる前から無理だと決めつけるのはやめなさい」  これ以上弱音を吐くようであれば口を縫いつけると脅されたので、カーネリアンは渋々従うことにした。  花の貴人には向かない方法だそうで、おそらく石持ちにのみ出来る技だろうという話だ。フローライトとカーネリアンは兄弟で、同じ血筋だ。だから可能だろうというのがファラエナの理論である。 「前から思っていたのですが、あなたはフローライト兄様と会ったことがあるのですか?」 「何故そう思われるのです」 「よく、兄の話をされるので」  ファラエナはフローライトについてやけに詳しかった。彼が宮殿から出られなくなってからの年月と兄の年齢を考えると、二人が顔を合わせるのは不可能だ。けれどフローライトの話題になると、まるで知人の話でもするかのようなファラエナの様子が、前々から気にかかっていたのだ。  ファラエナは少し眉をしかめ、「フローライト殿下の噂話はここにも届くのですよ」と答えてそれ以上の質問を許そうとはしなかった。  カーネリアンは八つの石を宙に放った。紅玉髄は円を描くように浮かんで、カーネリアンを囲む。 「本来はあなたが石を磨いて準備しなければなりません。今回は試すだけですから、私の魔力を込めました」  カーネリアンは目を丸くする。 「ファラエナが私のために準備してくれたのですか?」 「他に誰がいるのですか」  つまり彼は、紅玉髄を用意して、磨いた上で力も込めてくれたのだ。その事実を知るとなんだか嬉しくて口元が緩みそうになったが、縫われてはたまらないので引き締める。  自分の周りで輝く宝石に目をやった。仏頂面で紅玉髄の形を整えているファラエナの姿を想像する。特別な石に見えてくるし、俄然やる気も出てきた。
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