あなたと話がしたいから 〜茶座荘の日常〜 8

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 駆け落ち決行の日、俺と浩介と愛那は茶座荘にいた。待ち合わせの時間まであと5分。リビングには大きなバックを抱えた磯村さんとその横で磯村さんを見守っている菊池さんがいた。幸本さんは保人くんが迎えに行ったはずなんだけど、もうすぐ待ち合わせ時間だというのにまだ来ない。  時計が21時を過ぎて、流石に何かあったか、と携帯電話を取り出して保人くんの番号を探していると、玄関のドアが開く音がした。  磯村さんがその音を聞いて玄関に向かって飛び出していく。俺もそれに続いて玄関に行くと、そこには保人くんが1人で立っていた。 「尚彦さんは?」  短い磯村さんの言葉に保人くんは首を横に振った。代わりにスマートフォンを差し出した。 「幸本さんはここには来ないよ。代わりにこれを見て欲しいんだ」  磯村さんは状況が理解できず狼狽えていたので、菊池さんが支えながらリビングに戻る。保人くんは無言でスマートフォンをパソコンに繋いで、画面を開いた。そこに映っていたのは幸本さんの家で、幸本さんと俺が向かい合って立っているのが映っていた。 「突然呼び出してすみません。だけど、俺やっぱり行けません。悠美にはうまく言っておいてください」  幸本さんの表情は半笑いで真剣さは伺えない。それに対して俺が反論する。 「は? 急に何言ってるんですか。磯村さん明日を楽しみにしてるんですよ。行く気が無いなら彼女呼び出して話し合いましょうよ」  焦りをにじませる俺に対して幸本さんは言い捨てるように言葉をぶつけてくる。 「知らねえよ。悠美が1人で盛り上がってるだけだろ。俺は駆け落ちなんてまっぴらなんだよ。社長令嬢だって聞いたから優しくしたのに、それを捨てるっていうんなら俺もう興味ないから」  「嘘……だよね」悲鳴にも似た呟きは磯村さんだ。どけどそれを誰も肯定も否定もできず、画面を見続けることしかできずにいる。映像の中の俺は幸本さんの胸ぐらを掴んでいた。 「何だよその言い方。お前の目的は金だったってことかよ。彼女、本気でお前のこと信じてるんだぞ」  激昂する俺を幸本さんは突き飛ばす。俺はその場に叩きつけられてなお、幸本さんを睨みつけている。 「俺は今だって少ない金でやっと生活してる状況なんだよ。悠美はその辛さが分かってない。駆け落ちなんかしたってすぐに金がなくなって家を出たことを後悔するに決まってる。だったら今切り捨てたほうがいいだろ」 「それで幸本さんはどうするんですか?」  俺の問に幸本さんは笑って返す。 「また金を持っていそうな子を探すよ。今度は一人っ子じゃなく兄弟がいる子がいいのかもな」  その言葉を聞いて俺は立ち上がり、再度幸本さんの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。 「あんたの気持ちは分かったよ。だけど、最後くらい自分の言葉で思い伝えろよ。明日、駆け落ちはできません、ってちゃんと言いに来い。それがあんたにできる最低限の誠意だ。分かったな」  それだけ言うと俺が画面からいなくなった。それと同時に保人くんが映像を一時停止にした。
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